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使い分ける

2011年11月06日 14:22

mixiが見るたびにレイアウと変わっていってますな。
facebookチックになっているような。
リアルタイム性を増やすというアプローチ自体はええと思いますが、
ころころ変わるとちょっとわかりにくい。


さて、本を読みました。

科学的方法とは何か (中公新書)科学的方法とは何か (中公新書)
(1986/09)
浅田 彰、佐和 隆光 他

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哲学、経済学、数学、生命科学、サル学、の専門家5人が、
前半部はそれぞれの分野での近況報告、
後半部ではテーマを決めての対談をするという形式。

最近これだけ扱うものが異なるそれぞれの分野で、
興味を持たれていることがあります。

それは、全体を全体のまま扱う、という手法。
ちょっと前やと、複雑系というやつですかね。

要素を還元的に細かくしていって、
原因と結果の関係を細かく細かくしていき、
それらの積み重ねによって、どんな対象の運動、行動も記述できる、
というのが昔ながらの科学。

でも、そういうのだけではいろいろ扱い切れないことが多いですよ、
ということに最近気づいてきたのだとか。


たとえば初期値がほんの少し異なるだけで、
結果があまりにも大きくふらつく(近似が禁じられる)とか、
仮に全ての要素を考慮にいれるとすると、
膨大な計算量になり、現実的ではなくなるとか、
そういう実践的な観点で、という理由が多かったような。

ボールを投げたら落ちてくる、その軌道を知りたいとなったとき、
場の量子論は使わなくても多分大丈夫、とか、そういうことやと思います。


要は使い分けてことなのでしょうな。
より深く追求することも大切やと思いますが、
目的に応じて、方法を変えることが大事なのかと。

細かいところ含めちゃんと人に伝えたいとか備忘録としてであればmixiを、
その時思ったことに対してリアクションが欲しいだけならfacebookをつかう、
ということと同じ、なのだと、思います。


でもmixiでもリアクションも欲しい。


都市化

2011年10月25日 22:48

日経サイエンス 2011年 12月号 [雑誌]日経サイエンス 2011年 12月号 [雑誌]
(2011/10/25)
不明

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今月号の日経サイエンス、いろいろ面白い特集がありましたが、
都市の力、という特集が面白かったです。

ネットがこれだけ普及して、世界がこれだけ狭くなって、
どこに住もうがいっしょなんちゃうの?
というのもひとつの考え方ですが。

統計的なデータをみると、そうでもないようです。


一つは、エネルギーの利用効率という観点。

公共の交通機関など、共有してインフラを使うというところが、
エネルギーの利用効率として非常によいと。
なので、これからどんどんエネルギー問題が深刻になることを考えると、
これからも都市化の流れてのは変わらないのではとのことです。


もう一つは、イノベーションとか、そういう知的な生産性。

都市の方が、イノベーションと呼ばれる何かしら新しい発明・発想が
生まれる率が高まるのだそうです。
富の集中が起こることを考えると、
優秀な人が都市に集まるので、結果としてアウトプットも大きくなる、
というところなのでしょうが。


どうも、人と人の直接的なつながり、てのは、
やっぱり物事を進めていく上で、とても重要なようで。

記事の中にあった、いい言葉。

『人間に与えられた最も偉大な才能は、
 互いに学び合い、協力し、
 知力を総動員して問題解決を図る能力だ』

みておけヒヨッコ。これが、ミックスアップだ!
てところでしょうか。

直接対峙することで得られる機微とかは、
やっぱり今の技術では伝えきれないのですな。
これからの技術の発展で変わる可能性がない、
とは、技術に携わる人間としては言えませんが、
しばらくは直接会うことの重要性は変わらないでしょうな~。


実践的なところに落としこむと、

もう少しいろんな人と飲みにいきたいな、

てことです。

2011年10月23日 21:59

さて、本を読みました。

日本の弓術 (岩波文庫)日本の弓術 (岩波文庫)
(1982/10/16)
オイゲン ヘリゲル

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読んだのもだいぶ前になってしまった。
書くのも今月2回目。mixiが遠のいている…。
料理の写真を載せるだけでコメントがもらえる
facebookの手軽さに負けてしまっています。

本の内容は、ドイツ人が弓を体得するまでの話。
「心を無にすれば、自然と矢が放たれて的にあたってくれる」
という日本によくありがちな指導に、
論理的・合理的なドイツ人が
「ほな矢を誰がうつねん」という感じで取り組んでいく話。
でも最終的に、体得するというところまでいきます。

論理的・合理的、つまり、現代的とでもいうのでしょうか、
最近、ビジネスでもスポーツでも、唯一の正しいアプローチみたいになっています。

そういう人が、結局それだけでは先に進めない、と、
日本的な指導に対して、素直に受け入れるところが、
とても印象に残りました。

神秘主義を知るためには、自分が神秘主義者になるしかない、と。

謙虚というか、どこかに自分が足らないところがある、
というスタンスで、前に進もうというところが好印象。


グローバルコミュニケーション、という言葉が、
同じく現代的な考えとして、非常によく使われています。
相手を理解しないとだめですよと。

でも、こういうのがほんまのコミュニケーションなんちゃうかなと。
相手との違いを受け入れなさい、というだけでなく、
自分が相手の考え方に一部同化しないことには、
なかなか前には進めないのではないかなと思いました。


別にグローバルでなくてもそうやなと。
自分の立場で相手のことを考えても、なかなか話はすすみません。

文字にしてみると当たり前のことではあるものの、
普段なかなかできてないですな~。

と、改めて実感しました。

もう少し謙虚に周りの人と関わっていかんとあきませんな。


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2011年09月27日 10:02

さて、本を読み終えました。

ローマ人の物語〈43〉ローマ世界の終焉〈下〉 (新潮文庫)ローマ人の物語〈43〉ローマ世界の終焉〈下〉 (新潮文庫)
(2011/08/28)
塩野 七生

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1巻を読んでからなら丸4年、
ついに読破しました。感慨深いですね~。

感想もいろいろあり、書き留めておきたいですが、
まずは43巻の感想から。

内容としては既にローマ後。
西ローマ帝国が滅びたあとの
蛮族支配、東ローマ帝国の再支配、あたり。

意外なことがたくさんありました。

個人的には、西ローマ帝国崩壊後、
戦国時代的な群雄割拠な雰囲気になるのかと思っていました。
が、実際は治安なりが回復したと。
まぁ戦国時代も、安定しているところは
室町時代よりも安定していそうですが。

パクス・バルバリカ、蛮族による平和、と呼ばれる時期があったとのこと。
うまいこと蛮族が支配して、支配されている感ももたずに
しばらくは上手くいっていた時期があったということです。

一方、その後、東ローマ帝国が領土を回復しようとすると、
状況は一変。東ローマ帝国の支配の方が厳しかったり、
蛮族は裏切り者としてローマの人たちを扱ったり、
世界の首都であったローマが散々なことになります。


結局、古き良き栄光、というものは、決して戻らないのでしょう。

それはおそらく、周囲の環境などが全てそろってはじめて
時代の流れが形成できるからなのかと。

ある制度があったから、ある英雄がいたから、
栄光が得られるわけではなく、
そういったものが複雑にからみあうことで、
偶然にもそういうものが形作られるものなのではないでしょうか。


ローマの衰退と日本の衰退、重ね合わされることが多々ありました。
逆に、滅び行く国なんてどれもこんな感じなのかもとも思います。

古き良き栄光、日本もその状態になるようにもがいています。
家族や地域の人達が助けあい、節度を持ち、
勤勉さを売りにして世界の経済に大きな影響を与える、など
日本が良かった時代にむけて、「元に戻そう」としています。

でも、それは無理なんでしょう。
生活が豊かになることで助けあう必要もなくなり、
自己責任の名の下に自分の身は自分で守らなければならなくなり、
一方では周辺の国々がモーレツに働いて追い上げてきている中で、
はい昔どおり、にはならないですよね。

私は昔ながらの日本の雰囲気は好きですし、
そういうところに美意識は持っていると思いますが、
それを完全に戻すというのはちょっと違うんやなと。

そういう美意識のエッセンスになる部分だけは、
できれば維持しつつ、今の世界の状況に上手く対応できるよう、
この新しい変化に、
上手く乗っていく方法を考えないといけないんやろなと。

ローマの終焉後を見ていて思いましたとさ。

見とる

2011年09月23日 07:51

さて、本を読みました。

ローマ人の物語〈42〉ローマ世界の終焉〈中〉 (新潮文庫)ローマ人の物語〈42〉ローマ世界の終焉〈中〉 (新潮文庫)
(2011/08/28)
塩野 七生

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いよいよラスト、中巻なのに、滅びました。
ゴート族という蛮族にローマ皇帝が引退させられ、
その後とくに皇帝がでるわけでもなく、自然消滅的に。

天寿を全うした人を見るような気になりました。
よく生きたな、と。
波乱万丈ながら、しっかりと、着実に進んでいたような。
寂しい気持ちもありますが、
そういう意味で、納得性のあるものではありました。

大きな流れというものがあるのでしょうか、
個々人、個々の国々では抗えないような、
そういう目に見えない何か。
パラダイム、とも少し違いますが、そういうの。

確かに、ぐだった皇帝とか、
またそれがころころ変わるとか(現状を見るとあてはまりすぎて苦しいですが)、
そういう具体的に衰退した原因をつくった人たちはいます。

ただ、そういう傷を、昔は自然治癒的に癒せていたのに、
最後は自分では治すことができなかったと。

王政、共和制、元首政、専制君主制、と
大手術もしてきましたが、それも限界やったのでしょうねー。


大きな流れ、具体的なものとしては
ローマ時代はゲルマン民族の大移動でした。
その野蛮ながらも生命力あふれるところに、
ローマの人たちは抗しきれなかったと。

最近でいうと、facebookとmixiですかね。
私のまわりは急激に変わりつつあります。

確かに、いろんな面でfacebookよりもmixiの方が使いやすいと思います。
インフラという面では。

でも、facebookの方が、勢いがあると。
それはちょっとリアルタイム性が高いとか、実名とか、
ちょっとした違いでしかないのですが。
結局は、ユーザーがなんらかの変化がほしい、と
漠然と思っていたのではないかなどとも思います。


あとは、mixiのmixiたる所以の部分をやめてしまったところも、
ローマに似ているなと。
紹介制であったりとか足あとをやめてしまうところとか、
ローマが市民権をむやみに与えてしまったところと似ています。


このままローマのようにmixiも静かに死んでいくのですかねー。
個人的には残念なので、引き続きこちらでも書いていこうと思います。


すみのみ

2011年09月17日 23:39

さて、こんな展示を見てきました。

『帰ってきた江戸絵画 ニューオリンズ・ギッター・コレクション』

kaette.jpg


リニューアルオープンした京都文化博物館にて。
ギッターさんという人が日本の美術に惚れ込んで、
収集していったコレクションの展示。
アメリカ人が見た日本の美、というところです。

禅画をはじめとして、文人画、円山四条派、琳派、浮世絵、などなど、
典型的な日本美術ぽいものが多数。


やっぱり、水墨画ってすごいなと、いつも思います。

対象のエッセンス部分だけを抽出して、
それだけで、他の余分なものを全て捨てれるなんて、
すごいことですよね~。

さらには、一番強調したいところではなく、
その周囲に影をつけるだけで、それが浮かび上がってくるとか、
そういう手法も結構ありました。

一番書きたいものを書かないなんて!
大胆ですよね~。

いろいろあるとなんか安心してしまうにもかかわらず、
強調したいところだけしか書かず、
他のところに勇気を持ってスペースをつくるというのは、
バランス感覚が相当ないとできないことですよねー。

墨の濃淡だけでここまでできるんやなと、
ほんまにいつも感心してしまいます。


「純粋で、シンプルで、素朴な」美しさ、に
ギッターさんは惚れ込んだということで。

こういうセンスを持てることは日本人のすばらしいところやと思うので、
これからもこういうのをええなと思えるように、
磨いていきたいなと思いました。



2011年09月16日 23:09

さて、本を読みました。

ローマ人の物語〈41〉ローマ世界の終焉〈上〉 (新潮文庫)ローマ人の物語〈41〉ローマ世界の終焉〈上〉 (新潮文庫)
(2011/08/28)
塩野 七生

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待ちわびていた最終章、ついに出版されました。
というわけで、早速。


キリスト教が国教になり、
ローマ帝国も東西に分裂、
いよいよ終焉を迎えます。

滅びる原因は、いろいろ。
その中の一つ、統治システムの老朽化、というところについて。

この頃、皇帝位はそれまでの、
民衆の第一人者という建前から、
神が与えた地位という建前にかわります。

神が与えた地位とすることにより、
より皇帝位を安定して絶対的なものにするというのが狙い。

それ自体、あってるとも間違っているとも言えません。
皇帝がころころ変わるという最悪の事態を避けるには必要です。


ただ、やはり弊害もあるわけで。

皇帝がぐだってしまったり、
その周囲がその周囲のみの論理で行動したり、
というところが出てきてしまいます。

最後のローマ人、と呼ばれたスティリコという人物が
全体を見通して行動しているところに、
皇帝や官僚が、自分の狭い周辺での地位や利益を得るために、
邪魔をし、最後には殺してしまいます。


こういうのを見てると、人間て成長してないなと。
私の周りでもそんなことばっか。

結局、システムが古くなると、
ルールの生んだコンセプトはなくなって、
ルールのみが固定化されてしまうのですかね。
実際に能力のある人ではなくて、
そのルールをうまくこなせる人だけが上にいける、
すこし歪な状態になってしまうと。

そして、ルールをこなせるだけのちっちゃい人間のやることが、
ほんまに大きなことをする人間の邪魔をできてしまう、
というところが、老いたシステムの悪いところになるのではないですかねー。
…私の周りの話?


やはり、古いものはメンテが必要ということですね。
家で言うと、リノベーションてやつですな。

結局昔は、カエサル、アウグストゥスのときに、
システムを上手くリノベーションしたのでしょう。

古いものの良い部分は残しつつ、
新しい状況に適したものを構築しないといけないと。
共和制から帝政への上手なシフトができたことで、
さらに数百年生き延びれたというところなんでしょうなー。


その後も何度か改築をしようとはしたものの、
お金無かったり、傷みがひどすぎて、
もうどうしようもない、というのがこの本の頃のローマ。
いよいよ終焉。


引き続き読んで行こうと思います。

長くなってしまった。

リテラシー

2011年09月06日 22:10

さて、本を読みました。

経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには (中公新書)経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには (中公新書)
(2005/12)
大竹 文雄

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ここで言うセンス、リテラシーという言葉に意味的には近いものです。
何かを考える時、ある体系的を考えのベースにするというか。

例えば、どこからかボールが飛んできたときに、
バスケットボーラーはミートして両手でキャッチすることを考え(さらに両足で着地する)、
物理屋さんはその落下軌道から重力の大きさを考え、
だじゃれ好きは「ものがボールだけに、急やな~」などと言ってみたりする、
というアレです。ナニだ?


その経済学版。

いい男は結婚しているのか?
なぜ私の給料は低いのか?
成果主義ってほんまに効果があるのか?

などの日頃のちょっとしたテーマを、
経済学的な切り口で考えたらどうなるか、という内容。


経済学的なというと難しますが、
要は、金銭的に損か得か、というところだけ考えるということです。
これを「金銭的インセンティブ」といいます。

例えば、日本の終身雇用制について、わりとメリットも多い、と。

たとえば若い時には生産性以下の給料を支払、
年をとると生産性以上の給料を払うという形になっているとします。
(実際にそうなっている場合が多い)
そして、真面目に働かなければ途中でクビにしますよ、と約束します。

となると、若いうちは損を積み重ねているので、
年をとるまで働き続けないといけない、
しかもクビにならないように真面目に働かなあかん、
と、雇用される側は思うはず。

一方、生産性に対応した給料の場合、
いつやめても損はしないので、より得になる可能性があるなら
いつやめてもよい、と、雇用される側は考えるはず。

さらには、任期制と終身雇用制で同じ給料だった場合、
当然リスクをとらない被雇用者は、終身雇用を選ぶはず。
なので、同じ人件費なら必ず任期制の方が高くつくはずなのではと。


実際はこんな単純ではないのでしょうが、
切り口がシンプルなだけに、そこから導かれる結論には
ある程度の納得性がありました。

そして、それでいいのだと言っています。

人間は感情で動くときもあるし、合理的に動けるわけでもない、
だから完璧に行動を予測することは不可能なのはあたりまえ。

ただ、金銭で動くことも当然多いので、
その切り口で考えることができれば、
大きく離れない結論を導き出せるのではないか、ということでした。


…長い上に、いまいち面白さを伝えられませんでしたが、
具体例が多いので、非常にわかりやすいです。
個人的にも普段こういう考え方あんまりしないので、新鮮でした。
Facebookにも書きましたが、最近では一番。

興味のある方はぜひ~。


15 x 6

2011年09月04日 20:27

さて、アニメを見ました。

『イヴの時間』

未来、たぶん日本―――。
ロボットが実用されて久しく、
アンドロイド(人間型ロボット)が実用化されて間もない時代。

というくだりから始まるこの話、
人格を持ったアンドロイドが、
いろいろ悩んだり苦しんだりしながら前に進んでいく話です。

15分の短い話6話を1本の劇場版としてまとめたということで、
15分に1度はまとまるため、非常にテンポよく見れました。
話としても、ややありがちながら、面白かったです。
ややキャラを前面にだしている気がしますが。

劇場版アニメの特徴なのか、
この作品も映像がとてもきれい。
そのためか、簡単にひきこまれました。


あとは、でてくる電子機器が絶妙に近未来的で、
そこに一番わくわくしてしまったような。
電子黒板とか、宙に浮き出るカフェのメニューとか、
もうちょいでできそうやな的なものがたくさん。

世の流れとしては、最新の機能というよりも、
ある程度成熟した技術でデザインで差別化、
みたいな電子機器が増えているように思いますが、
革新的な機能があれば、
それはそれでええのではないかなと思いました。


しかし、マンガにアニメが最近の夫婦の専らの趣味です。
どんどんダメな方向へいっている?



1点だけ

2011年08月28日 09:41

さて、本を読みました、その2。

蓮如―聖俗具有の人間像 (岩波新書)蓮如―聖俗具有の人間像 (岩波新書)
(1994/07/20)
五木 寛之

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時代は少しさかのぼり、応仁の乱周辺、
浄土真宗を中興した、蓮如についての話。

個人的にはほとんど蓮如について知らず、
織田信長をあれだけ苦しめた本願寺を築き上げた人として
その簡単な生涯について知りたいと思い、
叔父の家からぱくってきた本です。

が、実際は、蓮如についてある程度知っていることを前提として、
私はそういう見方をしてないですよ、という感じ。
どちらかというと、つれとしての蓮如はええやつやで、的な話。
やや出鼻をくじかれました。

さらに、この五木寛之の文章、
(おこがましいながら)私の文体と似て、
婉曲で、ひらがなが多く、少しもやっとした感じです。
自分の文章を客観的に見ると、こんな感じなんかな、と。
口語でなら全然かまわんと思うのですけどね、
新書でこれは、内容が薄くなるような。


ちょっと愚痴っぽくなりましたが、蓮如について。

それまでほそぼそとしていた浄土真宗を、
あれだけの大勢力にしたのは、蓮如でした。
実際は、時代のエネルギーとかが先なのでは、
という話でしたが、結果的には蓮如時代に発展しました。

で、その大きな要因になったことが、
  ・北陸地方という新しい地域に布教した
  ・それまで虐げられていた人も平等に扱った
という2点。
それまで表舞台に出ていなかった人たちが経済力を持ちはじめ、
そこが次代の主役になると思って行動したのが蓮如やったんちゃうかと。
なんか最近の経済の話みたいですが。

そこで、蓮如は吉崎という拠点をつくるわけですが、
極端には、それが全て。

その拠点で、親鸞のといていた平等とかを実践し、
その噂を聞いた新興の人たちが集まってきて、
自然に新しい集団が形成されていくと。


もちろんそれだけではないでしょうが、
蓮如を歴史上に残すほどの人物にまで高めたのは、そこなのかなと。

結局、偉人は、安定して偉人なのではなくて(むしろ安定性は低い)、
あるとき、たった一つでも、何か偉大なことをしたから偉人なのやなと。

最近、一つの決断や、一つの行動が、人生では大事なんやなと痛感してますが、
偉人とまではいかなくても、何かをするためには、
ちょっとした(と思っている)ことを、もうちょい大事にせなあかんなと。
なんとなく決断、なんとなく行動、てのをちょっと改めないといけませんな~。

ちょっとめんどくさいしやらへんとか、
ちょっとしんどいし後回しとか、
ちょっと楽しいからやってしまったとか、
そういうのが後でどうなるかわかりませんしね。

全ての決断や行動に後悔がない、というのは無理でしょうが、
後悔が少ないように意識していくぐらいはしていこうと思います。


長くなりました。





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