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技術者的

2008年09月28日 15:47


さて、本を読みました。

花神〈上〉 (新潮文庫)花神〈上〉 (新潮文庫)
(1976/08)
司馬 遼太郎

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花神 (中) (新潮文庫)花神 (中) (新潮文庫)
(1976/08)
司馬 遼太郎

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花神 (下巻) (新潮文庫)花神 (下巻) (新潮文庫)
(1976/08)
司馬 遼太郎

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司馬さんを100冊、今年中に達成できたらええなとおもってるのですが、
おそらく93冊目です。
あと一息です。

今回は幕末、大村益次郎のお話。
長州藩で急に現れ、急に去っていった、軍事の天才のお話。

実際は急に天才が現れるというようなことはありません。
表舞台にでてこないというだけですな。
でも、表舞台に主人公が出てこない分、
表舞台がすごくすっきりと見渡せました。

幕末というドラマチックな話を、主人公が主体の状態で見てしまうと、
その劇的な部分に飲み込まれていってしまうのです。
それはそれで、ものすごくすばらしいことやと思いますが。

坂本竜馬にしても、土方歳三にしても、高杉晋作にしても、
大きな歴史の流れの中にそういう人達はいるので、
その目の前の劇的さに魅せられてしまうのですな。
魅せられました。


それに対して、この大村益次郎と言う人は、歴史の中のある瞬間まで、
全然表舞台にでてきません。
さらに、その合理的な性格のために、
出るときも感情で左右されることがほとんどないと。
なので、非常にいろいろなものごとがすっきりと見渡せるわけです。

この人は職人というか、技術者なのですな。
やし、合理的に、むだな装飾をできるだけはぶこうとしています。

装飾部分にも意味はあると思うのですが、
何かをみるとき、一度は無駄部分をはぶいた状態でみないといけないですね。


無駄な装飾をはぶいてものごとに対するということに信念をもってる大村益次郎は、
技術者として尊敬します。

私も技術者になろうとしているのですし、
変なネガティブ感情で行動を左右することなく、
合理的に何ができてなくて何をしなくてはいけないか、
ちゃんと見ていこうと思います。


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