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フローライフ

2008年05月01日 16:49

GW一日目はのんびりです。
まぁどちらかというと、安静です。
でも峠はこしたようで、よくなってきている実感あります。
ほっとしました。
心配してくれた方、ありがとうございました。

まぁまだ全快には程遠いので、調子に乗らず安静にしておきます。


さて、最近、本なり雑誌なりを見てミクシーを書くことが多いような。
そういうきっかけがないと何も考えなくなっているのでしょうか。
ちょっと心配です。

ただ、読むこと自体は最近ハイペース。
原因は、風呂。

腰痛で寝てばっかのときも読んでいたのですが、最近は湯治を。
風呂に長時間つかることにしています。
炎症もおさまりましたしね。


そのときに本を読んでいるのです。
今はひさしばりにしばさんを。

播磨灘物語 1 (1) (講談社文庫 し 1-7)播磨灘物語 1 (1) (講談社文庫 し 1-7)
(1978/03)
司馬 遼太郎

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播磨灘物語 2 (2) (講談社文庫 し 1-8)播磨灘物語 2 (2) (講談社文庫 し 1-8)
(1979/04)
司馬 遼太郎

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今まだ途中ですが、黒田如水の物語。

まぁよく言われていること、言っていることなのですが。
戦国時代というのは現在の状況とかなり似ています。
というか、時代が変わるときてのはいつもこうなのですかね。
幕末も今と似ていますしね。

古い価値観と新しい価値観が変わるときですね。
パラダイムシフトというやつです。
決して誰か一人のせいではなく、大きな流れのようなものがあるわけで。

そういう価値観の推移を客観的に見れる人は少ないです。
その数少ない一人が、黒田如水。


見れなくなる理由の一つが、かんせいだと思うのです。
一つは慣性で、もう一つは感性。
かんせいが古い価値観にいつづけてしまう原因なのではないですかね。


慣性について。

生命は、元来保守的なもので。
漸進的な変化はともかく、急な変化には不安・拒否反応を示す人は多いでしょうし。

現在、変化しなければならない、と訴える人が多いですが、
どう変化するかを示す人はほとんどいないです。
それは、示せないか、示すとついてこないことを知っているかなのでは。


感性について。

美意識、というものは、その文化なりに依存します。
ハラキリに価値をおく民族もいれば、
フロンティアをみれば開拓したくなる民族もいるわけです。

新しい価値観が確立すれば、それにあわせて形を変えていくでしょうが、
移行期における文化てのは古い価値観を多くもっているような。
極端な場合、古い価値観と同義になることもありそうです。


黒田如水の場合、不思議なほど慣性はありません。
織田、という結論に対して迷いはありませんが、
現状維持ということに対する欲求はほぼなし。

逆に、それだけ見えていて、変化をつくる側なのに、
どこか感性でそれができないところが、人間的には魅力となっています。

主家という、古い価値観の代名詞みたいなものに、
最後まで、最後に裏切られてまで、なぜかついていっていると。
そういうところが主人公としての魅力を増しているように思います。


今読んでいるところでは、黒田如水も湯治中です。
私も当時に思いをめぐらしながら、風呂につかろうかと思います。

のめりこみすぎないようにしなければなりませんね。
まぁ、ものが風呂だけに、
常軌を逸さない程度の時間にはとどめようかと思います。

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