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解釈

2008年03月01日 11:45

昨日の続き。

信じるということは、
何かしら、目の前のことにつじつまをあわせる行為といえます。
他者からみるとそれは矛盾していることも多々ありますが、
自分の中で整合が取れていれば、それはそれでかまわないわけで。

こういうと、宗教とかそういうものに限ったことに感じそうですが。


でも、物理学でもそんなことは多々あります。

ひとつは、量子力学の世界。
今月の日経サイエンスにそれ関連の記事が。

日経サイエンス 2008年 04月号 [雑誌]日経サイエンス 2008年 04月号 [雑誌]
(2008/02/25)
不明

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エヴェレット解釈、てやつのちょっとした話でした。
コペンハーゲン解釈というものとよく対比されるのですが。

どちらも、量子力学で表される確率的な描写と、
我々の感じる単一の状態とのつじつまをあわせているのです。
どちらも、それを信じている人は、相手を矛盾していると考えるわけで。


エヴェレット解釈てのは、いわゆる多世界解釈というやつです。

何かの選択(人間に限らず)が起こると、そこで世界が分岐して、
それが両方存在し続けるとか、そういう感じ。
そういう分岐した世界が無限に存在する、
それを描写したのが量子力学やという解釈なのだそうです。

この解釈やと、シュレディンガー方程式がそのまま受け入れられるのだそうな。
ま、シュレディンガー方程式がなぜ正しいのかは私はわかっていないのですが。


個性をつくるのは、それまでにしてきた選択によると、私は思っています。
無から創りだせるならそれはすばらしいと思いますが、
きっと、そんな人は稀有ですし。私は凡人ですからね。

ある選択に対して、逆の選択肢をしていた世界が存在する、
と考えるのは不思議な気分になります。
まぁ私は自分のいるこの世界のことすらわからないので、
ほかの世界には少し手がまわらなそうですが。


私は失敗もあったとはいえ、総じて今までの選択はよかったと感じています。
今の自分に対して、ある程度満足はしているような。

ただ、もし仮に他の世界にいけるのであれば、
もう少しコメントの多い世界にいってみたいとは、思います。
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