スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

使命感

2008年02月23日 10:41

同期におTさんと呼ばれる人がいるのですが。
有言実行というスタイルで、私に全くないものなのでうらやましいです。
Dということで初期値に対しては劣等感はないのですが、
入社後のモチベーションとか努力とかをみて、尊敬しています。
お酒を飲んでからは残念ですが。

その人の恩師の本だということです。

復活!日本の半導体産業―未来を開く志 実力を磨いて世の中の役に立とう復活!日本の半導体産業―未来を開く志 実力を磨いて世の中の役に立とう
(2004/06)
大見 忠弘

商品詳細を見る


私はあまりSiの業界に触れてこなかったので、その有名さは知らないのですが、
すごい人なのだそうです。

内容は、前半は日本の半導体は大丈夫や、という話。
後半は、筆者の半生です。

前半、雄弁な演説を聴いているような気分になりました。
あぁ、ほんまに大丈夫そうな気がするなと。
ただ、あたりまえですが、相当がんばらないと無理やな、とも。

がんばらないといけません。


何よりインパクトを受けたのは、その使命感。
特に宗教的なものというわけでなく、
自分がやらないなら誰がやるねんという、
その感覚、すごいと思います。

自己実現、という言葉がよいものとして使われて久しいですが、
最近の自己実現には、自分が認められる、というニュアンスが含まれているような。
それはそれで、とてもすばらしいことなのですが。

使命感のように、自分を越えて何かを成し遂げる、
仮にこれが実現するなら自分はどうなってもいい、
という感覚はもう一つ上にあるような気がします。
それはそれで広義の自己実現やとは思いますが。


思えば、私はそういうものが欠落しているのではないかと。
ほとんどが、自分がどうなる、ということを目的にしているような。

やや高次のことになると、こうあるべきというようなものがあるはずで。
私も以前はそういうものがありました。
世の中に対して、間違っていることには間違っていると、
そういう感覚がもっとあったような。

目の前のマナーを守らない人には何かをいうことがあっても、
政治家の不正とかそういうものに対する憤りというものが減っているような。

中学校のときに部落差別の話をしていたときなのですが、
我々は、かわいそう、という感覚なのに対して、
当事者達は、むかつく、という感覚であったとか、そういう感じです。

当事者意識が欠落しているのですよねー。
『沈まぬ太陽』も、使命感に欠落している人たちばかりでてきましたが、
そういう人に対しての憤りは、以前にはないほど減っていました。


自分という枠ができてくるにつれ、
そういう枠から外への関心がへっているような気がします。

古来から多くの宗教家は、自分を捨てることを一つの理想としていますが、
そういう自分を越えたものに対する関心、意識が大事なのかもしれません。


話が完全に半導体からはそれてしまっていますが、
やったことよりも、その考え方の根本のところを見習おうと思いました。

スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://nozaki.blog15.fc2.com/tb.php/862-38d3d5ff
    この記事へのトラックバック



    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。