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追記

2008年01月16日 00:07

昨日の続き。
続きというほどでもないですが。

自分が何かしらの文章にひどくテンションがあがるとき、
だいたい二種類があるようです。

一つは、全く新しいことを知ったときと、
もう一つは、漠然としたことにたいして明確な表現が与えられたとき。
対談形式のときは、結構後者の場合が多いような。
今回のもそうでした。

いろいろなことを、自然な感じで話しているために、
全く違和感なく、それを自分も考えていたというような気になったりします。

立花隆と司馬遼太郎の対談では、
言葉では通じないものがある、という論点でやっていたのですが。
神秘主義とか、何らかの宗教的体験などは、言葉にはできないとか。

でも、私のような思考レベルではまだ、言葉で伝えられるはずなのですよね。
語彙力などがないせいなのでしょう。
いやはや、なかなか先は長い。


あとは、例えば神秘主義的な体験とか、
一見否定してしまいそうなことも、結構自然に受け入れているのが、
非常に印象深かったです。

何かを否定する、てのはとても簡単なことですしね。

否定したくなるようなものの中にも、
何かしら肯定できるものがないかと見ることが大事なのでしょう。

対人でも、対本でも、対事象でも、
そういう何か肯定できるものを探すという事を
改めてやっていこうと思いました。

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