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人為

2007年12月12日 23:01

今年の漢字は「偽」だそうです。

偽装もそうですが、
AB首相の退陣とかも、結局は。
選挙では偽ったことを言っていたわけですし。
ま、いつわりはしましたが、
首相の座にいすわらないだけましなのかもしれませんな。


人の為、と書いて偽る、ですか。
なかなか、的を得ているのでしょうかね。
利益を追求するということは、
ちょっとでも油断するとすぐ道を外れてしまうものなのかもしれません。

多かれ少なかれ、どこでもルール違反てのは存在するような気がしますしね。
そもそもルールとは何かという話にもなりそうですがね、今は。
国家の品格的な考え方はあんまりないのですが、
理屈抜きのモラル、てのはあってええと思います。
人間の理性は、人間にとってはほんの一部分でしかないわけですしねぇ。


同じく、私の名前の一字にもなっている「信」、私は非常に好きなのですが。
人の言葉、というものも最近はどんどんあやふやになっています。

書面でないとだめだとか、それを言ったことを証明しなければならないとか、
確かにそうなのかもしれませんけどね。

でも、そういうことは結局は偽っているわけですし。
そういう偽りは決して、その人の為にはなっていませんな。
仮に一度ぐらいごりれても、絶対損をすると思っています。


どうも、合理的という言葉が横行しているように思います。
理屈、てのは結構どこにでもつくものですし。
ま、私も昨日のブログでつかったんですけどね。

以前、河合隼雄の本に、
「○○的なものが○○をだめにする」という言葉がありました。

日本的なもの、てのは果たしてほんまの日本にあるものなのか、
精神的なもの、てのは果たしてほんまの精神を表しているのか、
おなじように、合理的なこと、てのははたして、
どこまでが理にかなっているのか、難しいところです。


話が発散しているように思います。
おそらくいいたいのは、
理にかなっていても、それはあくまでもある一面でしかないということを、
もっと実感としてもっていないといけないということなのでしょう。

理屈とかそういうものを抜きにして、
この人の言葉なら信じられる、というような人になりたいものです。


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