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T/M/F

2007年10月02日 22:33

まるまる一日劈開をしてました。
劈開したバー、およそ2000本。
よくがんばったのではないでしょうか。

で、不良を調べたかったのに、
私がしたところ不良は1本だけだったのです。

∴私は劈開で食べていける


実習、大変工場ぽいことばかりやらせてもらってまして。
まわりも明るい人が多く、いい環境です。

ただ、こんなに簡単に結論が出ないところがやっかいなのですよね。


また前回の本の感想です。
統計学を拓いた異才たち―経験則から科学へ進展した一世紀 統計学を拓いた異才たち―経験則から科学へ進展した一世紀
デイヴィッド サルツブルグ (2006/03)
日本経済新聞社

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もうそろそろ終わります。
私の場合、感動すると映画でも音楽でもバスケでも人の話でも、
背中がぞくぞくするのですが、
知的好奇心が満たされてぞくぞくするのは珍しいような。


統計学、やはり興味深いです。

我々をこのような状態まで持ってきたものは、論理学です。
何かの命題に対して真か偽かが一意に決まるとか、そういうものです。

数学もそうやし、基本的な物理学とかもそうらしいです。
今はアリストテレス的なべた論理学も、数式みたいにとくそうですよ。
不完全性定理がでてきたのも、この辺がかなり大きいそうで。


でも、統計学にはTとFの間があるのです。
ある仮説が却下されても、その仮説の否定が成り立つとは、
すぐに結論づけられないというわけで。
この辺を講義でちゃんと聞いておきたかったですね。

それが測定ができないためかどうかはわかりません。
それはおそらく我々の生きている間ぐらいの時間なら、信念に属することで。
世の中のことはほとんどが完全な2値にはならないわけです。


彼が間違っているから私は正しいとか、
私のことが嫌いではないから私のことを好きとか、
甘いジュースは飲みたくないからビールを飲むとか、
そういうのは必ずしも成り立たないわけで。

成り立つかもしれないし、成り立たないかもしれない、
おそらく○○、という状態が多かれ少なかれあるわけです。

今まではそういうのを無視してもやってこれたのですが、
そろそろ無視できないことも増えてきたのだそうで。
転機にいるわけですね、我々。なんとおもしろい。


その成り立つかもしれないし成り立たないかもしれない、
ということがあることをしめしたのが統計学で、
それを少なくしたいというのも統計学なのだそうです。

降水確率も、できれば70%とか言いたくないと思うのですよ。
明日は降りますよ、と言い切れればどんだけ簡単で、
どんだけ我々としても嬉しいことでしょう。
どんだけー


そういうわけで、根本的に新しい考え方なのですよね。
やし、統計学は当然哲学的にものすごく大きな意味がありますし、
科学的なアプローチから得られるものとは整合が結構とれているようです。

こういうことが自分のセンスとして身につくとおもろいのでしょうなー。
数学とかパソコンシミュレーションとかできなあかんので、
私にはなかなかはるか遠そうですが。


ま、そういうわけでそういう統計学的なものを給料もらいながらできるので、
工場実習はがんばろうと思うのですよ。

一日中劈開してようが、一日中データを入力してるだけだろうが、
その先が興味深いので、がんばっていこうと思います。

さて、この決意は真なのか偽なのか。

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