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独り言 …でもないか。

吐き気

ノロウイルスではありません。

というか、あまりふざけた気持ちにはなれません。

一日二回更新も嫌なのですが、
多少負の感情の多くなる夜に書いた方がいいような気がしまして、
今書いておく事にしました。
やし、多少醜い感情とかがはみでてくるかもです。

ケノービさんに借りた本、読んでしまいました。
昨日の夕方ぐらいからちょろっと読むつもりが、読み終えてしまいました。
ケノービさんのブログにも、感想が書いてあるのでぜひどうぞ。
こちらです。
心にナイフをしのばせて 心にナイフをしのばせて
奥野 修司 (2006/08)
文藝春秋

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読んでいて思ったことは、先日読んでいた『氷点』に似ているなということです。
子供を殺された両親、まわりを犠牲に精神を安定させる母、
キリスト教に救いを求める父、残された子供の葛藤、など、
共通点が非常に多いです。そしてどちらの場合も家庭に歪みが生じています。

ただ、決定的に違うのは、
あちらには何かしらの解決(私には解決に思えませんが)があり、
こちらには全く解決がないことです。

はじめはもっと問題提起のような内容やと思っていたのです。
例えば少年法の是非を問うとか、犯人や国を糾弾するとか。

でも、内容は淡々としています。
被害者の遺族、とくに被害者の妹が語るという形式をとっています。
やし、完全なノンフィクションではないように思います。
淡々と、家族の崩壊の様子を語っている、ということです。


話の展開としては普通に読めばいいのでしょうが、
精神衛生上は最後のあたりから読んだほうがいいかもしれません。

犯人は、少年院から2年程度で出所し、弁護士として生きています。

例えば犯人が死んでいたら(氷点ではそうですが)、
どこかで諦めもつくのかもしれません。
あるいは実際に目の前にいれば、
具体的に憎めるし何かしらの復讐すら可能です。

でも、犯人はどこにいるかもわからず、
唯一の接点も、全く自分には関係ないことのようにふるまわれるのです。
そのときの態度が。

犯人には自分の世界しかなく、その他は全く関係ないのでしょうか。
こういうときに自分の表現能力が乏しい事が憎いです。

精神鑑定とかの心理状態把握とか、絶望の中にも希望を見出すとか、
そういうのは、全て何かしらの納得をえたいからなのかもしれません。
犯人のこういう心理でこういうことが起こったとか、
そんなことがあったおかげで真実の何かしらがわかったとか、
全ては自分がそのことに何かしらの理由づけが必要だからのように思います。

実際、遺された母も妹も、犯人がどうしているか知らない間は、
犯人のことを考えないようにしていることもあり、
精神的に一応の安定を保っています。
しかし、犯人が社会的にいい地位にたち、
自分のしたことを自分だけが忘れ、
後悔(別の意味の後悔はしているのかも)を
まったくしていないことを知ったとき、
どちらも一瞬で崩れてしまいました。


日本の犯罪に関する法律は、教育を目的としているそうです。
やし、理想的には全ての人間は更生可能であると。
本にはアメリカの指示とありましたが、
神道的な性善説という土壌があるかもしれません。
逆に欧米などでは復讐の意味合いが強いそうです。

犯人が弁護士として地位をえる。
それは、法律が目的としているところなのですよ。
やし、この結果は目的どおりということなのです。

でも、納得がいきません。
理屈でどう、とかでなくて、納得がいかないです。
光市のやつも、あれも同じですよ。
時が解決してくれるというのは本当かもしれませんが、
遺族の時間が止まってしまってしまっては、解決ができません。


だめクリスチャンとしては、
何かしらの解決が与えられることを信じたいとは思います。
でも、自分が同じ立場になったとき解決を得られることを望めるかどうか。
起こってしまったとき、既に全ては終わってしまっているのではないかと、
そのように思います。

そして、そのようなことが実際に多数起きているわけで。
解決できないことを解決しなくてはならないと考えたとき、吐き気がしました。
吐き気がするほど憎い、とかではないです。
憎むための情報すらほとんど与えられないのです。


とりあえず、予想通り長く書いてしまいましたが、
全部読んでくれた方も、だーっと流してここまできた方も、
もし興味があれば読んでみていただきたいですね。
確実に気分が悪くなりますが。

コメント

年末ですね

おひさしぶりですね。
私もこの本読みましたよ。二重に気分の悪い本ですよね。
事件自体の不条理性もそうですが、この本の構成もなんだかずるい。
ルポライターが被害者家族の一人称語りをすることで、完全なノンフィクションではないという逃げ道を残しつつ、結局は読者はそれを「「真実」と受け止めざるをえないわけでしょう。ネットにはこの事件の精神鑑定書全文が落ちていますが、それを見ると、この著書が意図的に鑑定書の都合のよいところだけを抜き出し、そこから自分のストーリーを作り上げていることがよくわかります。
納得したり、折り合いを付けていくために、被害者家族にそういうストーリーが必要やというのはよくわかります。でもそれをジャーナリストがやっていいのかなぁ、と。もしやるんやったら、最初のそのスタンスを明確にしろ、と思うわけです。そういうことをやらずにいるから、ただのお涙頂戴の暴露本になってしまっているわけだし、それは被害者家族の苦しみへの一種の冒涜でしょう。

なんだか年末のご挨拶がおもっくるしいものになっちゃった。どうぞ来年もよろしく。

確かに、あとがきでミッシングリンクが多いから、
背景を調査した上で加筆している的なことが書いてあってびっくりしたわ。

数値とか箇条書きで表せない遺族のひさんさをアピールしているという点では、
非常にわかりやすくてよかったのですが、
何か問題提起をするのにしては客観的な情報量が少なく感じましたね。
多少読者にゆだねる部分が多い気はします。淡々としてたし。

でもまぁ、取捨選択は絶対必要やしなー。難しいところやと思います。
個人的には、どうなることを求めているかわからんところが、
遺族の苦しいところやと思うのですがね。


まぁそういうことをちゃんと意識しているのであれば、
この本には意味があるとは思いますねー。

来年もどうぞよろしくおねがいいたします。
2月はじめに修論提出したら時間もあるやろし、またなんかしましょ。


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    無限論の教室
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    無限や実数など、あたりまえに使用していたものは本来そこまで確実なものではないという話。最終的にはゲーデルの不完全性定理により、それらの無矛盾性などは証明できないという結論になる。我々はそういうものを土台にして生きているのですがね。

    日本語と日本人の心
    日本語と日本人の心
    大江 健三郎、河合 隼雄 他
    岩波書店

    他に大江健三郎、河合隼雄との対談を文章化。私達の母国語である日本語について、あらためて考えさせられる本。日本が世界に誇れるものは多くあるが、日本語もその一つ。もっと意識的に日本語を使っていかないといけないと実感させられる。

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    八人との対話
    司馬 遼太郎
    文藝春秋

    対話、という手段により、二つの知識から新たにより高次な思考が生まれる過程は見事としか言いようがない。歴史というものを共通の話題とはしているが、内容は決してそれだけではなく、実に深い。対話の相手は、立花隆やアルフォンス・デーケンなど。

    脳を鍛える―東大講義「人間の現在」
    脳を鍛える―東大講義「人間の現在」
    立花 隆
    新潮社

    知識をためこむだけでなく、それを自分の中で体系づけることが大切、ということを実感させられる。そもそも、今の我々にはその体系づける知識すらないわけで。大学はいったところの人に、是非読んで欲しい本。脳を鍛え"続ける"ことが大事です。

    死生学がわかる。
    死生学がわかる。
    朝日新聞社

    死に対する、あるいは死に臨む人に対する、様々な領域の人の考え方が2,3ページずつつづられている。普段どうしても目をそむけてしまうことなので、たまには考えてみるのもいいのでは。

    沈黙
    沈黙
    遠藤 周作
    新潮社

    私のことを愛しているのならなぜ神は沈黙されるのか?というクリスチャンに影のようにつきまとう問題。最後の主人公の選択は正しかったと私は思います。

    ゲーデルの哲学―不完全性定理と神の存在論
    ゲーデルの哲学―不完全性定理と神の存在論
    高橋 昌一郎
    講談社

    サブタイトルは不完全性定理と神の存在論。論理学では「矛盾」を考えるが、ゲーデルによると「汝自身が矛盾しないことを汝は証明できない」。

    世に棲む日日 (1)
    世に棲む日日
    司馬 遼太郎
    文芸春秋

    司馬作品は戦国なら戦国全部、幕末なら幕末全部読むのが一番面白い読み方であると。『竜馬が行く』で全体像をつかんだ後に読むと、面白さが何倍にもなるのでは。

    ソフィーの世界―哲学者からの不思議な手紙
    ソフィーの世界―哲学者からの不思議な手紙
    ヨースタイン ゴルデル
    日本放送出版協会

    まぁべたな本。哲学について非常にわかりやすく書いてある本。考えさせられることが多々ある。これが倫理の教科書なら誰でも授業にでるのでは。

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