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靴下

2006年10月10日 15:19

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朝目が覚めたが、身体が重い。
けだるさの中、時計がわりのテレビをつける。
6時45分。およそ6時間は寝たようだ。

3日あった休みをほぼバスケットで満たしてしまったので、
今日からはやらなくてはならない。
そう思ったのと身体の痛みに耐えて寝ることもないだろうという気持ちと、
とりあえず重い身体を起こす。

階下はまだ誰も起きていない。
母も今日は遅くに出勤のようだ。
うさぎが彼女の枕元でまるくなっている。

PCの電源を入れ、起動までの待ち時間に牛乳を飲む。
胃にしみわたる冷たさに多少の心地よさを感じながら、
食後に飲む事になるであろうコーヒーをセットした。

インターネットを介し、一通りチェックした後、
筋肉痛の身体を少しでも回復するために風呂に湯をはる。
そして、入浴をしながら昨日の敗戦を思い返し、
自分の節制のできなさにふがいなさを感じる。

風呂からあがると、ほぼ平常の生活が始まっていた。
母は私の弁当をつくり、父は外出していた。
父の行動にはむらがあり、そこで私といつも衝突を生んでいる。
私の中では一貫性ということは思った以上に意味をもっているようだ。


時間がある限り両親と行動を共にするようにしているが、
今朝も母が仕事に車で行くのに同乗した。

私は四条で降り、彼女は丸太町へ向かう。
これもまた、非日常ではあるが、珍しい事ではない。

秋晴れは心地よいが、問題も多い。
朝夜は寒いのに、昼は暑いのだ。
そのため体調を崩しやすい私は、
寒い環境にあわせた服をいつも着ることになる。
先日買った黒いパーカーの下には長いTシャツを着て、
くるぶしまでではない少し長い靴下をはくということだ。
私は多少の暑さを感じながらも、
鴨川にかかる橋から眺める京の街を味わっていた。


しかし、災難には映画でみるような伏線はないのだ。
少なくとも私には、そうだ。

阪急に向かう階段をおりはじめたとき、私の脳裏に不安がよぎる。
そうだ、財布がみあたらないのだ。
車に乗っているときに財布を見た記憶もあり、
車から降りるときに座席を確認した記憶もある。
ただ確かな事は、財布は今私の支配下にはないということだ。

母に電話をかけるが、応答はない。
家に電話をかけるが、応答はない。

四条木屋町の交差点において私の持っているものは、
携帯、ウォークマン、鉛筆に、そして弁当だ。
お金はないし、お金をおろす手段もない。


次にとった手段は、北へ向かう事だ。
車を確認せねばならない。
私は四条から北へ向かった。

暑い。

日陰に入ると涼しいと感じるが、
日は昇り続け、私の隠れられるスペースは減り続ける。

暑い。
頬を汗が流れていっているようだ。

丸太町につき、母の職場を探した。
幸い早い段階でみつけることはできたが、
母がでてくるまでに、少し暖かい部屋で待つ事になった。

暑い。
肌と服の間の空間はもはや気相での汗の存在を許さず、
液相状態を強いている。



母にあい、車を確認するとそこに財布はあった。
確認はしたが、背景と見分けるだけの分解能が私には欠落していたようだ。

丸太町から桂へは、京阪・阪急・バスか、
キャンパス間バスにのるかを選択する必要がある。
私はキャンパス間バスを選択した。

丸太町から出町柳への移動は、思ったよりも長い。
これは御所の南から北までの距離と同等であるが、
このように長い家に住むことはある意味では不幸なのかもしれない。
そして私はまた汗をかくのだ。

バスに乗ると、そこにもまた災厄は待っていた。
アイドリングをストップするため、エンジンを切るのだ。
全く停滞した空気の中で、私のまわりの大気だけが湿気を帯び、
温度は上昇する。
熱伝導率が低くとも、私の身体の熱容量はそれをいとも簡単に超える。


そして私は、靴下を脱いだのだ。
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