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死ぬことにしました

2006年08月26日 10:24

そんな本を読みました。

ベロニカは死ぬことにした ベロニカは死ぬことにした
パウロ コエーリョ (2003/04)
角川書店

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『さかさまの世界』で言っていた、
そうでないものを考えることで、そうであるということは何かを知ろうと言うもの。

主人公がいきなり自殺を試み、
それは失敗したものの、そのときの後遺症で余命数日になるという設定。
待つしかない死に対し、主人公が苦しみながらいろいろ行動していくというような感じ。


この本で面白く読んでいたのは、狂気に関する部分と、習慣に関する部分です。

主人公はいきなり死のうとするのですが、その理由があやふやです。
ただ、習慣というものの恐しさ、というものが原因の一つです。

我々は習慣づけられたときに、それが何であるかを考えることをやめます。
習慣づけられた生には、生であるという意識は全くありません。
それが主人公は死を目前にして、最も生を感じると言うわけです。
習慣についてはカミュあたりも言っていたような気がしますが、
現代で特有なものなのではないですかね。

特に生活が逼迫しているわけでもなくて、ただ毎日単調に生活する。
そういう状態は人を狂わせるのかもしれません。


では、狂うとは?というのがもう一つ書かれていたところです。

化学物質の欠如などでも説明がつくのかもしれませんが。
この本でもそういう部分には書かれていましたし。

しかし、根本的なところでは、
狂っている状態と狂っていない状態に境界はないと言っています。

人は自分の世界をもっていて、それを表現できない時に、
そしてそれに固執する時に、狂っていると呼ばれるのだとか。
そういう意味で多かれ少なかれ我々は狂っているのです。


習慣と狂気は密接な関係にあって、
習慣から逃れようとする行為が狂気なのかもしれません。


全体の感想としては、竜頭蛇尾です。

設定は結構興味深いものでしたし、筆者自身が精神病院に入院していたらしいのですが、
精神病の治療の描写はかなりリアリティがあり、よかったです。
人はそれに名前をつけることで、支配したような気になるのかもしれません。


ただ、途中でいろいろラストを想像しながら読んでいながら、
最も起きて欲しくなかったような結末を迎えます。
(勘の鋭い人はこれでだいたいわかってしまうかもしれませんな。)


あとは、文章を読んでいて何か違和感を感じることが多かったのですが、
それはそれを狙っているのか、文章力や訳の問題なのか、微妙でした。


少し批判めいてしまいましたか。
でも、考えされられることは非常に多かったです。
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