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たいかいに向けて

2006年08月09日 18:01

弟の新コミュニティです。
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1168673
いろんな国の料理に興味があればぜひ。


びわこの花火大会が延期になって11日になったそうです。
せっかくやし、少し行ってみたいですな。
まぁ、かてきょがあるのでかなり微妙ではありますが。

でも一年に一回ぐらいは花火をみたいものです。

見ながらビールやらとかって、昔は考えもしなかったですし。
どっかの調査では、ビールを上手いと思う平均年齢は23.7歳だそうです。
そら、うまいと思ってしまいますな。そんな年齢です。


さて、たいかいではなく、たいがいにして欲しい事があります。

それは、mixiに限らずコミュニティの中での議論的なもの。

あれ、ひどいですなぁ。
以前Zダンのときにも言ったような気がしますが。
あれがどうも気に食わないのですよね。

別に議論という行為自体は嫌いではありません。
むしろ、いろいろ話をすることは好きに近い。

ではなぜ嫌いなのか。

それは、おそらく、そういう議論的な行為をしている人は
自分の立ち位置から決して歩み寄ることがないことを感じるからです。

弁証法だろうが演繹法だろうが経験主義だろうが、
基本的にはいろいろな要素があって、
それをより高次なところで融合するというのを前提としています。

意見はあくまでも相対的なもので、変わりうることを前提としているわけです。
自分に都合の悪い意見でも取り入れて、自分の意見に足りないところや、
改めるところをフォローしていくと。
修正や転換は、いつでもありうることであるわけですよ。きっと。

それなのに、ときどき見うけられる議論もどきは、そういうスタンスが全くないわけです。
相手の意見を聞き入れているふりをして、自分以外を否定する。
それは決して議論ではありません。

そんな風に発言できる人は、自分を特別な存在と思っているのではないですかね。

実際、豊臣秀吉クラスの天才でも、参謀はいるわけですし。
他人の意見を必要としない人がmixi内にそんなにいっぱいいるわけがありません。


説得もまた、歩み寄りの産物です。
お互いの譲歩点を少しづつ出していって、新しい交点をみつける作業です。

一方的に自分の意見を押しつけるのは、単なる全否定ですよ。
議論であるわけがありません。


…そして、この書き込みもまた議論ではありません。
なぜなら、これもまた、全否定であるからです(Wルタース・オリジナル風)。
20060809181245.jpg



そういうわけで、そういう傾向の強かったコミュニティを退会しました。
あれは自己紹介のようなものなので、また似たのをつくるかもです。

あぁ、そういえば、そんな全否定を繰り返すばかりとは全く逆の、
それはもう相手を尊重するコミュニティがありました。
尊重のあまり、相手と共通する言葉を主に使います。

ここです。
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1095340
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