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偏ってみよう

2006年06月17日 11:27

アルゼンチン、強いですなぁ。
死のグループやと言われていたわりに、比較的あっさり順当に決まったような。


さて、私の研究の一部に、分子を配向させるというものがあります。
配向させることで機能を効率的に出現させるというもの。
H材料研のときも、発光に偏光性があると言ってました(調べてないですが)。
ああいうものは、偏光フィルタを通してみるのです。

物事は偏りなく見ることが重要かと思います。

ただし、逆に偏って見ることで、見えなかった物が見えることがある。

そんな感じの本ですな。
宗教世界地図 最新版 宗教世界地図 最新版
立山 良司 (2004/04)
新潮社

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ようやく読み終えました。

世界を、宗教というフィルタを通して見ようというものです。
宗教を宗教というフィルタでみると、それは非常に危険ですが、
世界を宗教という切り口で見ると、かなり面白い。
決して何かを賛美する本ではないということです。

今は、宗教離れが進んでいると言われています。
これは、正しいです。
ただし、いちようではありません。

30年ほど前は宗教離れがもっと進んでいたようです。
世界的に科学がどんどん発展し、合理化につぐ合理化が進んでいましたし。
で、今もそれは続いています。むしろ加速しています。

そういう中で、それを続けられる人は、宗教からも離れ、どんどん進んでいっています。
それはそれで、すばらしいことです。

ただ、結構な人がそのことについていけなくなったのですよね。
やむなくついていけない人も、ついていくことに愚かさを感じる人もいます。
今までの進歩はなんやったんやろかという考えも生まれたりするわけです。
あるいは、科学や合理化は何を自分達に与えてくれたのかと思ったりもするわけです。
そういう人の受け皿として、宗教はむしろ勢いをもってきているのです。


さらに、それに拍車をかけているのが、政治。
この本はここに結構重点がおいてあって、私はこの辺無知なので非常にためになりました。

なぜ宗教と政治がこんなにも密接になったのか。
それは、民主主義のためというのもあるようです。
あの、多数決という決定法が意外とやっかいなのですよ。

宗教の特徴は結晶化しやすいということです。
その集団全体として票をとれるのですよね。
やし、多数派の宗派は、票をとるために利用されてしまう。

ただ、もう一つの特徴として、強く配向するというのがあります。
どうしても、対立する派があるのですよね。
それらがどうしても反発してしまうのです。
ここがやっかいなのでしょう。

そして、それら反発するような派が同じ国内で住む状況があることも悲劇です。
その理由は帝国主義のなごりやったり(アフリカとか)、
石油などの経済的な理由(中東とか)やったりします。

政治と宗教の分離が謳われて久しいですが、
筆者の意見ではそれは不可分なもののようです。


この本、かなり面白かったです。
世界のイスラム教、ユダヤ教、キリスト教各派、
北アイルランド、中国、東南アジアの各宗教、などなど。
知らんかったことほんま多かったですねぇ。

そういう中で、我々日本ほどゆるい国は少ないように思います。
これでもかというほどのアモルファス。
無偏光もはなはだしいです。
あってもS学会とかY国とかぐらいでしょう。
批判も宗教的な批判はほとんどないですし。個人への批判だけです。

こういう国は特殊なだけに、うまくやると世界で相当存在感を示せると思います。
これほどまでに宗教的に中立な国はありません。

ただ、無関心であることは非常に危険なわけで。
他の国ではこういう対立があって、こういうものを信じている、
というのは最低知らないといけません。
宗教が伸びている背景を知っているならば、
それは当然尊重すべきものであることがわかるはずです。

そういうわけで、教養としてこの程度のことは知っておいて損はないかと思うわけです。

…なんか、宣伝みたいになってしまいましたな。
『民族世界地図』というのもあるようなので、読んでみようかと思います。
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コメント

  1. yuji | URL | bZfbELo2

    んー

    んー、日本って宗教色薄いですか?

    アメリカや欧州ぐらいには、宗教に染まっているような気がします。
    初詣、おみくじ、七五三など、当たり前のように行っていますし…
    ”もったいない”の精神も万物に神が宿っているという神道の考え方からきているのではないかと思います。


    ただ、これほど、日本が宗教にゆるいと思われてしまうのは、神道というのがもともとゆるい宗教だからではないかと

    八百万の神といわれるほどの神の数
    教義や経典がない等


    こういった中で、神道の中の一つの神として、他の宗教の神(ブッダやキリストなど)も受け入れやすい土壌があるだけではないかと思います。
    大半の日本人にとって、菅原道真とキリストってどこまで差があるのかな?とおもいます。

  2. のざき | URL | VVHQ8TqM

    確かに、無神論にも積極的なのやら消極的なのやら、
    宗教にもゆるいのやら厳しいのやら、いろいろありますしね。
    日本に宗教がないという表現は微妙かもしれません。
    少なくとも、日本人が無神論やとはいえんのかなー。
    そういうことを考えることを禁忌的とする風潮があるてのもあるか。

    ま、どんな神様もどんどん受け入れて、
    その扱いもなんやツレみたいになるとか、変わっていますなー。
    教義経典がないのも、そういう特殊な土壌やしなんでしょうな。
    その辺のせいで宗教的に中立にみえるのかも。

    アイデンティティが生じるようになるには、
    多少の規律制約が必要やとは思います。
    死ぬほど神々がいて、教義経典がないことは、
    それ自体が特別という自覚をせん限りはアイデンティティにはつながらんのではないですかね。


    あぁ、あと、アメリカは相当宗教色濃いですよ。
    あの国の成立目的の一つでもありますしね。
    もっとも保守的なキリスト教は、今はアメリカにあるそうです。

    まぁ、あの国をひとくくりにはできなさそうですな。
    ほんまに多種多様なので、平均値をとってしまうとどうなるかはわかりません。
    -5と5の平均が0になってしまうようなものかしら。

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