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観念的な私

2006年05月08日 22:04

さてさて、次は本を読んだので、その感想を。

たまたま意識がそういうところにむいていたのか、
それともそういうようにできているのか、
どこか自分のことのように読める本でした。

また、司馬遼太郎なのですが、『関が原』
CIMG3049.jpg


まぁ、背景は全く説明の必要がないわけですが。
日本の中で、最も大きな出来事の一つです。

そこに至るまでの話を。
上中下で、1500ページ弱ぐらいですか。
そのほとんどは、戦略のところにありました。
実際の戦闘の描写はかなり少ないです。
しかし、その戦闘の描写は相変わらず司馬的で、興奮しました。

私が非常に身近なものとして感じたのは、石田三成です。

彼は、すこぶる観念的なのです。
当時としては、まさに稀有な存在。
その分、非常にうとまれると。
正論をいうと嫌われるというのもありますし、
観念的に何かを考える事がほんまに無意味なときもあります。
関が原は、その両方の悪いところがでてしまったような。

私はこの、後者の無意味さをある程度意識しないといけないのかもしれません。

企業がOKをある程度出している人を否定するべきではない。
同じ研究室で同じ部署にいくなということをいうべきではない。
学生の人生を大学が決めるべきではない。

などなど。よく思いますし、言ってもいます。

ただ、それが正しいかどうかではなくて、
ときにはそうであったらどうするのかを考える必要があるわけです。

石田三成は、それで失敗したわけですしねぇ。
私はそういう、事実に即した演繹的な思考法が下手かもしれません。


というわけで、いろいろなことを思いながら読んでいたわけです。


で、もう一つ、ここからは言葉は少しきつくなってしまうのですが。

小早川秀秋のことで、少し。

結局関が原の勝敗は、この人の行動で決まってしまったのですが。

あまりにもいい加減ですね、この人は。
自分に軸がない人間とは、こうも醜いのかという感じです。
誠実さが、全くみえない。

東軍は結構裏切った人の集まりなのですが、
それには当時美徳とされていた、家を守る、ということが会ったわけです。
やし、それに対して行動し、そのための約束は守っているわけで。

そんな中、小早川秀秋だけは適当に、その場の勢いだけで決めたと。

実際、観念的な石田三成が、その思想の純粋さのおかげで流れをとったりもしているのです。
場合によっては勝つこともありえたと。

それが、こんないい加減な人間のせいでだめになると。
私もそう、とまではさすがに言えませんが、
私よりもはるかに適当な志望者のために苦しんでおります。
そういうのは、しかたないものではあるのですが、
あまりにも悔しいですね。


まぁ、関が原と自分の現状を重ねるというのは完全におこがましいのですが。
ただ、多少共通点があるのかもしれんということで、ご了承下さい。

次は、何人かにすすめられた、『ダ・ィンチ・コード』を読みます。
楽しみです。
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