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極限状態

2006年04月20日 11:33

マッチングというシステムができた以上、
学校推薦というものはあまり意味をなさないと思う、今日この頃です。

そして、その学校推薦に関しては、
その人ではなく、研究室というもので律される可能性もあるのだとか。

つくづく、自分でできる範囲は狭いのだなぁと実感させられます。

自立をせぇと言いながら、個人をみないとか、矛盾してると思いますがね。


さて、愚痴もいったところで。
なにやら、結構おもしろい状況になっているようです。

K大の学校推薦の話なのですが。
どうやら、いくつかの企業への志望が、学推枠の倍ぐらいいるようです。

なんでなんでしょうね。ブランド志向てあるのですかね。
半分ぐらいは適当に選んでいるように思いますが。

まぁ、そんな適当な人のせいでとばっちりをくらうのも嫌なので、
就職メーリングリストなるものにメールしておきました。
隠しても意味ないし、志望者同士は情報共有しよやと。

とりあえず送ってみたところ、結構その返事が面白いです。

ある人は素直に全部をさらけだしますし、
ある人は志望順位はいえないとかかけひき(的なこと)をしますし、
またある人はみんなが言うなら自分もいいますとだけ言ってきます。

今回に関しては、私の好きなのは、一番上の人ですよ。
この状況では志望なんて、公にしてもええと思っていますし。


しかしまさに、追い込まれたときに、本性が現れるのですかね。
確かに人生に大きな影響がある決断なので、追い込まれはします。

いわゆる極限状態です…か?
サルトルとかカミュが大好きやったやつをイメージしているのですが。

まぁそういう状況においてこそ、その人の本質が見えるのではないでしょうか。

そうなると、今回の状況を見る限りでは、
人間の普遍的な要素と言うものはあまり見えませんでした。


就職活動を経ると、人間的に成長するとかいわれました。
確かに、そうかもしれません。

自分のことを考えますし、それを表現する手段も考える。
また、今までみたいに完全に数値化できないような選抜を受けないといけない。
様々なレイヤーで比較・検討もやっていかんといけませんし。

いやはや、私は成長したのでしょうか。気になります。


で、やっかいなのが、自由の人はそういうのをしてて、
学推の人はそういうのをしていないと思われている事です。

確かに面接回数が多いですから、
何かを表現することに関しては絶対自由が上やと思いますが。
だからと言って、その他まで自由の方がええとは必ずしもいえないかと。
内省的に考えるという点で言えば、学推の方が時間をかけられるでしょうし。
いい意味のかどうかはわかりませんが、自分の力だけでなく、
集団で評価されてしまうという経験もつんでいます。

なのに、企業には学推の子は就活をなめていると思われたりだとか、
学推は楽でええよな的なことを言われたりだとか、結構ありますね。

まぁ、これを覆すには、企業である程度結果を出すしかないのでしょうかね。
がんばりましょうか。
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