FC2ブログ

べたな意見

2005年12月08日 05:31

うーむ、実験、失敗に気づかないままずっとやってました。
こりゃいかん。
やはり夜に実験をするのはかなり効率が悪いですね。

ブログばかり書いています。
寝たいのですが、まだ半分も終わってません。


さっきの続きでも。

世論というものがあります。せろんともよろんとも読むそうですが。
この世論が、世界を決めてしまうことが結構あるようです。
では、戦争時に世論はどうやったのか。
興味があります。

世論を形成する要素はたくさんあると思いますが、
大きいのはやはり学校とマスメディアですかね。

そういうものによって、いわゆる常識というものが形作られるわけです。

我々は物事を考えるときに、知らず知らず常識と照らし合わせているかと。
常識にとらわれないようにするということは、常識を意識しているわけですし。
常識は基準としてあるものになっているのです。

でも、その常識をつくりだしているのは学校やマスメディアなわけで。
こんなことが流行していますよ、とか、世界はこんな形ですよ、とか、
我々が常識を手に入れる手段は意外と偏っているわけです。


言いたいこと一つ目。

常識は常識ではないと。うわ、べたや。
確かにそういうものを知っていることは役にたつと思うのですが、
それがいつも正しいと考えてしまうと、どこかに落とし穴があるのではないですかね。

まぁ、自分に言い聞かせているだけです。
今までうまいこと常識にあわせてやってきたので、
最近あまり常識が通用しない領域でてんぱってしまっていますし。
そういうときに、自分で考えるというのに慣れてないのですな。
慣れていかなくては。


言いたいこと二つ目。

教育というものがもう少し重要視されるべきやと。
あるいは、教育にたずさわる人はもう少し自覚せなと。

とりあえず、教育というものは、それは正しいとして行われるものなので、
教える側が相当意識を高く持たなくてはならんのですよ、きっと。
正しいことを決める権限が教育者にあると言ってもええのでは。

中東とかの話を聞くと悲しくなります。
パレスチナ人はイスラエル人を憎むように教育され、
イスラエル人はパレスチナ人を憎むように教育されるのです。
憎むことが絶対の正義やと教え込まれるとか、辛いです。

あるいは日本でも、教育を他人任せにしすぎかと。
一人に一人がずっとつくようなことは無理なのですから、
いろんな人が協力し合ってやっていくしかないのですよ。
そんなとき、うさぎ小屋に住んでいて、
隣と距離の近い我々は有利やとおもうのですがねぇ。

ふむ、これも、べたです。


つまり、私がべたなのです。
常識にとらわれるなといっておきながら常識にとらわれております。
スポンサーサイト





コメント

  1. ゆじ | URL | bZfbELo2

    えー

    役に立つかはわからないですけど・・・

    http://www.teiteitah.net/

  2. のざき | URL | VVHQ8TqM

    軽く見てみました。がっつり見る時間はなかったので。
    まぁ、教科書とかと逆の意見で、よく聞く話なのですかね。
    これだけこういう意見があるということは、
    ある程度、事実であるような気がします。
    まぁ、全部が全部正しいとするのは明らかに違いますが。

    どっちも偏りすぎな気がしますがねぇ。
    きっと、真実は中間ぐらいにあるのでしょう。

    今のアメリカを見る限り、
    わけのわからない論理の圧力があったのは当然でしょうし。

    でも、日本の政治家(あるいは軍部)がこのような理由だけで行動してたのですかね。
    あぁ、でも、狂信的になっているなら、意外とありうるのかな。


    こういう話で思うのは、あまり国民がでてこないことです。
    例えば、自分の命令一つで数万の人が死ぬということを、
    もっと切実に感じろと思うわけです。

    まぁ、何も知らない私があまり偉そうなことは言わないでおきます。

  3. まきの | URL | -

    常識も

    大切だけど、やはり
    自分の言葉で常に話しができる人は常に説得力を持つと昨日の忘年会で先生が言ってたな。
    岡本太郎さんの「自分の中に毒を持て(サブタイトル・あなたは常識人間を捨てられるか)」っていう本は、このトピックにぴったり。「意外なを持たないとあなたの価値はでない」。なるほど。
    矛盾したことを書きました笑

  4. ゆじ | URL | bZfbELo2

    ふむ

    当時の国民世論は、戦争致し方なし、だったと思いますよ。

    当時、日本は日清・日露と連勝していたこと(敗戦を経験したことがない)、ロシアという巨大な国に勝ち驕っていたこと。世界的な恐慌の波にあったこと。当時は戦争が外交問題解決手段として普通だったこと。官僚外交が行き詰っていたこと。などから軍部の台頭を世論が望んでいたところがあるように思えます。

    決して、軍部の独走だけでここまでできたわけではないと思います。
    それは二・二六事件でクーデター側の将校に同情する声が合ったことや、戦争中に総理大臣が変わっていること(独裁ではなく、議会政治が機能していた)などからみても明らかではないでしょうか?


    もちろん、当時の陸軍と海軍の権力争いに端を欲する、軍拡主義・領土拡大主義に問題があったことも忘れてはならない重要な点だと思います。


  5. のざき | URL | VVHQ8TqM

    そういうものですかね。
    まぁ、その背景を見ると、ほとんどドイツにもあてはまっているような。
    ナチスも当時は支持母体がありましたし。
    日本の軍部には明確な支持母体があったかは知らないのですが。

    戦争という手段が当時は常識やった、というのはまぁあるような。
    今よりは当然軍というものに対するアレルギーは少ないわけで。

    でも、まともな考えでやったとは思えませんな。
    戦略的なものがほとんど感じられませんし。

  6. のざき | URL | VVHQ8TqM

    まっきーに返事をするのを忘れていました。

    まぁ、いつも言われていることなのですよね。
    わかってはいるのですよ。
    でも、自然と常識を追ってしまっている。
    これがやっかいです。

    まぁ、常識と常に違うことをするのも、間違いやとは思うのです。
    なんでこれが常識なのかを考えていかないといけないのですな。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://nozaki.blog15.fc2.com/tb.php/184-35e8b16a
この記事へのトラックバック