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1点だけ

2011年08月28日 09:41

さて、本を読みました、その2。

蓮如―聖俗具有の人間像 (岩波新書)蓮如―聖俗具有の人間像 (岩波新書)
(1994/07/20)
五木 寛之

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時代は少しさかのぼり、応仁の乱周辺、
浄土真宗を中興した、蓮如についての話。

個人的にはほとんど蓮如について知らず、
織田信長をあれだけ苦しめた本願寺を築き上げた人として
その簡単な生涯について知りたいと思い、
叔父の家からぱくってきた本です。

が、実際は、蓮如についてある程度知っていることを前提として、
私はそういう見方をしてないですよ、という感じ。
どちらかというと、つれとしての蓮如はええやつやで、的な話。
やや出鼻をくじかれました。

さらに、この五木寛之の文章、
(おこがましいながら)私の文体と似て、
婉曲で、ひらがなが多く、少しもやっとした感じです。
自分の文章を客観的に見ると、こんな感じなんかな、と。
口語でなら全然かまわんと思うのですけどね、
新書でこれは、内容が薄くなるような。


ちょっと愚痴っぽくなりましたが、蓮如について。

それまでほそぼそとしていた浄土真宗を、
あれだけの大勢力にしたのは、蓮如でした。
実際は、時代のエネルギーとかが先なのでは、
という話でしたが、結果的には蓮如時代に発展しました。

で、その大きな要因になったことが、
  ・北陸地方という新しい地域に布教した
  ・それまで虐げられていた人も平等に扱った
という2点。
それまで表舞台に出ていなかった人たちが経済力を持ちはじめ、
そこが次代の主役になると思って行動したのが蓮如やったんちゃうかと。
なんか最近の経済の話みたいですが。

そこで、蓮如は吉崎という拠点をつくるわけですが、
極端には、それが全て。

その拠点で、親鸞のといていた平等とかを実践し、
その噂を聞いた新興の人たちが集まってきて、
自然に新しい集団が形成されていくと。


もちろんそれだけではないでしょうが、
蓮如を歴史上に残すほどの人物にまで高めたのは、そこなのかなと。

結局、偉人は、安定して偉人なのではなくて(むしろ安定性は低い)、
あるとき、たった一つでも、何か偉大なことをしたから偉人なのやなと。

最近、一つの決断や、一つの行動が、人生では大事なんやなと痛感してますが、
偉人とまではいかなくても、何かをするためには、
ちょっとした(と思っている)ことを、もうちょい大事にせなあかんなと。
なんとなく決断、なんとなく行動、てのをちょっと改めないといけませんな~。

ちょっとめんどくさいしやらへんとか、
ちょっとしんどいし後回しとか、
ちょっと楽しいからやってしまったとか、
そういうのが後でどうなるかわかりませんしね。

全ての決断や行動に後悔がない、というのは無理でしょうが、
後悔が少ないように意識していくぐらいはしていこうと思います。


長くなりました。


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