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年内に 2

2010年12月31日 11:53

いちおう備忘録的な意味もあるので、
見た映画についても。

すでにだいぶ前の話ですが、
映画を見ました。
教会にて。

The Nativity StoryThe Nativity Story
(2006/12/04)
Mychael Danna

商品詳細を見る


日本では、マリア、というタイトルのようです。
いわゆる聖誕劇なのですが、
いい具合にリアルとファンタジーが入り交じっています。


マリアのもとに、天使が現れて、
あなたは救い主を産む、と告げられ、
それを受け入れる…、

というところが基本の流れなのですが、
この映画のマリアは普通の人。
普通の女の子、という感じです。

受け入れることは受け入れたものの、
不安やおそれ、葛藤など、いろいろなものがでてきます。

一方のヨハネや父母も、自分の娘がいきなり妊娠してて、
そら普通に考えたら、どこの子や、となる、という感じです。
嘘なんてつかなくてええよ、というスタンスです。


そら、普通そういうリアクションになるなーと。
神様からのお告げがあったので妊娠しましたと言われて、
それはそのとおりだね、というのは普通はできないと。

そのへんは後世の美化なのでしょうな。
この映画、主人公は当然パレスチナ人(白人ではない)やし、
至って普通の貧しい人達が描かれています。


結局、劇的なものは必要ないのでしょうな。
マリアがあまりにすばらしい人間やから選ばれたのではなく、
至って普通の人間が選ばれてしまい、
悩みながらもそれをぎりぎりのところで乗り越えていく、
というところに何らかの意味があるのかなと。


ただ、主人公達が我々となんら差がないとはいえ、
やはり違うところが。

一歩、勇気を持って踏み出した、
というところが大事なのかと思います。
この話の場合やと、結果を受け入れて、行動したというところ。

結局、何かをなす人と、何もなさない人の違いなんて
それこそ紙一重なものなのではないかなと思います。
一歩踏み出したかどうか、ということだけしか違わないのかなと。


なので、迷っているときに、
一歩進むという選択ができるかどうかというところが大事なのかなーと思いました。


大胆さと、一歩踏み出す勇気、
来年のテーマにでもしてみようかという感じです。


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