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基準

2010年08月16日 15:49

さっきのは完全に弱音をはいただけになってしまいましたが。
もうすこし。


根が深いなと思うのは、
典型的な成功をしないと幸せではない、ということについて、
いわゆる勝ち組が負け組をそういう風に思ってるというよりも、
いわゆる負け組が、自分たちをそういう風に思っているというところです。

既に満たされているにも関わらず、幸せと思うことができない、と。
「ふつうの幸せ」を手に入れているにも関わらず、
典型的な成功をしている人を見ると、
自分の状況はやっぱり失敗なのでは…となることが問題なんかなと。


結婚するときに、恋すると愛するの違いについて言われたことがあります。
恋する、は、自然に相手が好きやという気持ちがわいてくる状態で、
愛する、は、どんなことになろうと、相手を好きでいる、という意志をもつ状態やと。

健やかなるときも病めるときも、というやつですね。
自分が、相手が、どういう状況になろうとも、
いいところ、悪いところ、いろんなものが見えてきたときにも、
意志をもって好きでいるということが大事ですよということでした。


幸せも、似たようなところがあるのかもしれません。
自然な感情として、自分が幸せやなと永遠に思えるにこしたことはないですが。
なかなか簡単には難しいような。

なので、他人がどうとか、そういうのは気にせず、
自分にとっての幸せは何かとか、自分が幸せであるということを、
もっと意志を持って、認識しなあかんのかなーと。
他人を見てぶれないような、そういう軸がないとあかんなと思います。

そうでない人もいっぱいいそうですけどね、
他人の目を気にする私としては、すごく大事なことに思います。


夏休みを振り返ってみて、
10年以上相変わらず仲の良いOBの会とか、
毎年恒例になってしまった同窓会とか、
3人が6人になっても続く養老会とか、
普段は全くあわなくても、たまには時間つくってでもあおかと思える同期とか、
もはやいっしょに変てこストレッチをするようになった妻の実家への帰省とか、
これも恒例になった、つれの親も交えた2家庭での母誕生日会とか、
いろいろ充実しているなと。


あれ、これでなお何を望めというのか、というところですな。
幸せやった!


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