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2010年01月11日 17:50

昨日は小学校の同窓会。
毎年恒例かつ皆勤ですが、
今年もまぁのんびりしてきました。

昨日は先生いきつけの欧州料理屋ということで、
かなりのクオリティでした。
飲み放題の飲みものに制限もなし。時間制限もあいまい。

おかげで、たくさんの欧州ビールを飲んでしまい、
途中で寝るという事態に。
最近あきらかにお酒によわくなっています。
まぁ楽しんでたくさん飲みすぎたということで。



さて、関係ないですが、本を読みました。

経済成長という病 (講談社現代新書)経済成長という病 (講談社現代新書)
(2009/04/17)
平川 克美

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専門家というものは、過去のことをよく知っている人だから、
過去の延長線上として未来を見てしまう。
なので、激変する時代を予想するということに関しては、
結構な確率で読み誤ることがある。
そのため、素人の直感というものも結構すてがたく、
直感的に考えて、経済成長し続けるということなんてありえなくて、
今の世の中の根本にある考え方がそもそも破綻しつつあるのではないか。
というようなお話です。

経済成長し続けるとか、会社の売り上げが伸び続けるとか、
それは絶対必要なものなのか、ということを思っていたので、
テーマとしては相当興味の対象でした。

ただ、最後に知ったのですが、いくつかの雑誌に掲載された文章を
多少手直しはしているものの、単に並べているということで、
言いたいことがえらくふらふらして、ちょっと読みにくかったです。
いきなり国語が大事とか、そんなんもでてくるし。


まぁ、効率とお金だけで全てのことをするのは無理ということですね。
ただ、効率やお金以外のことで、万人が納得できることも少ないわけで。
たとえば事業仕分けとかにしても、
効率とお金でしか判断してないところからかなりの無茶苦茶も出てきていますが、
それ以外のやり方でやるというのも難しそうですし。

いろんなことを試せる余裕があればよいのでしょうかね。
今のようなぎりぎりな感じでは、きっといずれはぷつっときれてしまうのでしょう。


極論になりますが、世界人類が平和になることが、
人類にとってほんまにいいのかどうかということもありそうです。

全ての人がまともな生活ができるようになれば、
間違いなく今よりも資源の消費とかは増えるわけですし。
それだけ破滅に近寄るような気もします。

科学技術の進展や、
あるいは理想的な心理状態とかでみんなが協力し合ってというのも含めて考えれば、
単純な延長線上よりははるかにもっと多くの人の生活水準があがると思いますが、
全員が全員、十分な生活水準で生きるというのは、
ほぼ不可能なことなのではと思ったりします。

結局、我々は誰かを搾取することでしか生きられないわけで、
それはもはや引き返すことができない状態なのではないかと思います。
それを自覚して、それでもなおしたいことがあって、それをさせてもらう、
というぐらいの謙虚さで生きていけばいいのではないかと思います。
いい加減なことだけはしなければよい、ぐらいで許してもらうというわけですかね。


話はそれましたが、世の中、どうにも閉塞感は改善しませんねー。
子供の子供の世代あたりがどんなんかイメージもできませんしね。

そういうことに対してあまり不安のなかった、小学校時代に戻りたいものやと、
無理やりつなげたところで終わろうと思います。




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