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悪魔と神

2009年11月23日 11:36

本を読みました。

悪魔と神 (新潮文庫 赤 120D)悪魔と神 (新潮文庫 赤 120D)
(1971/12)
サルトル

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中世の農民戦争で傭兵隊長として働いたゲッツという人を主人公にして、
善とか悪とか、神とか悪魔とか、
伝統的な価値観に対する疑問を書いています。
そこから、結局は自分がいるだけだという結論に。
ただ、それで絶望的になるのではなく、だからこそがんばる的な感じになります。


最近洋書のすこし古いものを読むようになりました。
弟の影響ですが、以前呼んでいたときはあんまりおもしろくなかったのに、
最近はおもしろいと思うようになりました。

これが読書力向上によるものならば、
高校生ぐらいでこういうのに目覚める人に比べてあまりにレベルが低いし、
これが人生経験が増したことによるならば、
あまりに人生が薄すぎます。

何か別の理由であってほしい!


話の内容的にも似たような感じで、

その行いが善であるならば、
そのことが神に邪魔されることはないはずやし、
その行いが善でないならば、
そのことが神に邪魔されるはず。


でも、主人公はそういうのに対して、別の解釈をします。

結局その行為に対して神が関与していることはなくて、
結局は自分の決断があるだけ、ということなのだと。


神や善、あるいは悪魔や悪、という他に原因を求めることなく、
自分の行為に対して自分で責任をとる、ということは、
別に悪いことではないような気がします。

普段はそういうことに対してあまり考える機会がないので、
こういう機会にそういうことを考えるのも、いいものです。

自分の言葉に責任を持つ、難しいことですがね。
私もブログに書いたことにはできる限り責任をもとうと思います。



あと、この主人公のゲッツ、という人物、
ゲーテの戯曲にも主人公として現れるそうです。
実在の人物で、鋼鉄の義手をして戦場へいっていたのだとか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%83%E3%83%84%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%B3

傭兵、騎士の時代の終わり、鋼鉄の義手、
なんかベルセルクの主人公のモデルなのではと思ったりもします。
名前も一文字違いなわけですし。


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