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プライド

2005年07月15日 16:09

祗園祭に行ってきました。
あまり祭のど真ん中にいったわけではないですが、思ったことは、
ごみのポイ捨てが多すぎる
ということです。中には目の前でポイ捨てをする輩もいました。
拾って「落としましたよ」とでも言おうかと思いましたが、やめておきました。

祇園祭や京都であれば鴨川というような場所が皆に愛される理由とはなんでしょうか。それは間違いなく風情だと思われます。雰囲気だの趣だのいろいろ表現方法はあると思いますが、あのなんともいえない空気がよくて、そういう場に行くのではないでしょうか。そこにごみ(しかも非常に俗世的な)があったらその空気が悪くなってしまうことは明示的であり、意味がなくなると思うのですが…。微妙な味付けにまでこだわった高級料理を食べにいって、全部に醤油をべったりつけて食べるかのような愚行でしょう。しかもその料理を食べにきてる人全員に醤油をかけてまわってるわけですから。意味がわからん。

で、なんでこんなことができるんやろうと考えるわけで。通常言われるのはモラルの低下ですね。自分さえよければいい、と皆が思っているわけです。そこには公共という概念はなく、権利だけを主張すると。やっかい極まりない。昔は公共という概念がなくても今ほどはごみがすててなかったようなイメージがあります。実際は知りませんが。当時はモラルを守るプライド、誇りというものがあったのではないでしょうかね。ほんまに昔なら武士道とか、あるいは外国では宗教が根本にある場合もありそう。

まぁこれからまだ数十年生きなくてはならないのですが、何も芯になるようなものがない人間にはなりたくないなと思います。ぺらぺらでしょ。そういうときに、宗教的なものを芯にもっているのでもええし、自分なりの真理みたいなものを持っていけたらなぁと思います。自分なりの真理を守るという心理はそのことに誇りをもつということと同義な気がします。まぁ宗教にしろ自分なりのものにしろ、それを他人に押し付けるのは全く間違ってますが。現在の世の中は押し付けに押し付けてますね。某ブッシュさんとか、どんだけおしつけるんだ。しかし、押し付けがあかんとなるとごみを捨てることに憤りを感じるのもまたあかんことなのか。ふむ。


しかし、ごみ等の低レベルな問題に目をつぶればやはり京都という特異な土地に非常に愛着のわく夜でありました。鴨川でなんか有名な(らしい)子供のジャズドラマーが演奏していましたが、鴨川とジャズという組み合わせは絶品でありました。最近はジャズ人口も増え、ジャズカフェやらジャズバーなども多々できてきてますし。いいですね。
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コメント

  1. トミタ | URL | -

    俺はタバコのポイ捨てはしませんが,一応弁護致しますと,
    「灰皿」が少な過ぎる」
    禁煙スペースを増やすのは結構なことですが,喫煙者は,禁煙者より税金を多く払っているわけです.それなのに肩身は狭くなる一方.
    挙げ句,会社内禁煙→移動の短い時間に歩きタバコ→ポイ捨て
    となるわけです.
    喫煙者に愛の手を.

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