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分解能

2009年05月15日 20:35

さて、本を読みました。
が、更新ができていませんでした。

生、死、神秘体験 (講談社文庫)生、死、神秘体験 (講談社文庫)
(2007/05/15)
立花 隆

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私の好きな、対談形式です。
タイトル通り、生や死、臨死体験について、
医者、作家、心理学者、などなど様々な人と対談しています。
大学教授もいました。
私、この人の講義を同じようなテーマで受けていましたな。
あのときはうさんくさい感じがしていましたが、
ここでの内容はすごく興味ぶかく感じました。

冒頭にあるように、人間に対しての興味、というところから派生しているように思います。
人間との境界という観点からサル学に入ったり、
人間の生命というところから脳死に入ったりと、
結局は人間とは何かという問いに対して、アプローチし続けているような感じです。

臨死体験については、同作者の『臨死体験』を読んでいたので、
それほど新鮮な印象はありませんでしたが(対談なので、発見も多かったですが)、
脳死の方はあまり読んだことがなく、新鮮でした。


とりあえず、分解能はだいぶ高くなっているようです。
どれぐらいこまかく見れるかということですが。

ただ、逆に、非常に細かく見ていくことで、
「どの段階が」という問いがあまり意味をなさなくなっているような。

我々の直感として離散的なものを受け入れることはあまりないくせに、
そういうところの連続性に関しても受け入れていないように思います。
やっかいですな。

とりあえず、生も死も、人間とその他も、細かく見て言っても
ある明確な境界を見つけるということは、なかなか難しそうです。


ただ、その過渡状態を過ぎると、そこには厳然たる違いがあることもまた事実で。
そこの差というのもいったいどこが違うのかというところです。
わからないことは増えるばかりです。

我々は砂浜で水遊びをしている子供のような存在という誰かの名言もあるように、
いやはや、わからんことばかりですなー。


知っている領域というか面積が増えると、
その境界の長さは長くなってしまうわけで。
知らないことも増えてしまうように思います。

…ちょっと名言ぽいですが、誰かの名言とかぶってますかね。


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