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I envy みんな

2011年04月29日 10:18

さて、本を読み終えました。

ラッセル幸福論 (岩波文庫)ラッセル幸福論 (岩波文庫)
(1991/03/18)
B. ラッセル

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前回に引き続き、ラッセル幸福論。

幸福の話ですが、不幸になる理由の分析の方が
納得することが多かったような。

ま、そんなもんですかね。
現状がだめなことには共通の理解が得られる一方、
全員が納得する対案は難しい、というのは、
世の常なのかと。


そういうわけで、不幸の原因。
最たるものの一つが、ねたみ。

平等、という言葉、すばらしいように感じます。
が、それを言っている人たちを見てみると、
その人達が言っている「平等」が実現したとき、
現状よりも状況がよくなる人ばかり。

自分の周りの人が、自分よりもいい状況であることが許せない、
その感情を、ねたみ、と表現しています。

その延長線上で、民主主義はねたみの産物である、とも。
互いに足を引っ張り合うことが本質、
というと極論かもしれませんが、
今の政治を見てるとそんな感じ。
そういう視点でみたことはなかったので、新鮮でした。


それが不幸に繋がる理由ですが、
ねたむ対象が増えてしまうこともその一つ。

乞食は大金持ちを真剣にねたむことはなく、
より稼ぎの大きい乞食をこそ真剣にねたむ、と。

今は、すばらしいことに、平等がある程度実現しています。
しかもグローバル化。情報もすぐに知ることができます。

その結果、ねたむ対象も同時に多くなってしまったと。
万人の万人に対する嫉妬、という状態なのでしょう。


では、この状況が悪いとして、
対案はどうなのか、というと、
出てこないのですよね~。
昔の方がよかった、みたいな懐古主義もないですし。

結局は、ねたまないようにする、という
解決法なのか目標なのかもわからないことしか、
アプローチはないのでしょうか。

難しいものですな~。

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常識を疑わない

2011年04月21日 22:07

さて、本を読んでいます。

ラッセル幸福論 (岩波文庫)ラッセル幸福論 (岩波文庫)
(1991/03/18)
B. ラッセル

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数学者でもあるバートランド・ラッセルの著書。
いわゆる科学者、ではないですが、
数学という、非常に論理的なことに携わった人が、
どのように幸福を考えたのかということに興味を持ち。

前半は、なぜ不幸になるのか、
後半は、どうやったら幸福になるのか。

それほど奇をてらった内容ではありません。
キャッチーな部分もあまりなし。


でも、納得する部分が多いです。

不幸をもたらすもの、
過度の競争、休みない興奮、疲れ、ねたみ、罪の意識、など。

幸福をもたらすもの、
熱意、愛情、家族、仕事、好奇心、など。


一般的に言われていることです。
常識です。


常識を疑え、というのが常識になっていますが、
ほんまにそうなんかなと。

今、その文脈で、
昔のやり方、昔の常識は間違っている、
という意見が支配的になっているような。

常識とは、経験則が多く、
その中には迷信とか、
ある場合に限定される要素が含まれます。

なので、別の場合にはあてはまらないことがあり、
そういうことを考慮にいれなさいよ、ということやと思いますが。
わりと、そういうあてはまらないことを見つけて、
それ全体が間違っている、という結論になっているような。


が、一方で、
限定されない、普遍的な要素も含まれるわけで。

幸福をもたらすもの、
いろんな注釈は当然必要やと思います。
が、それらが幸福をもたらすものになりうる、
というのはおそらく正しいのでは。

常識を全否定をすることもまた間違いで、
常識は疑ってはみるものの、
一部は受け入れた方がええんちゃうかなと。

ま、そういう漸進主義ではだめなところまで
きているような気もしますけどね。

難しいところですな~。

2011年04月18日 22:13

こんな動画が紹介されていました。
スペイン最高峰のTeide山の映像。

世界は思っている以上にきれいなのですね~。



PK

2011年04月18日 22:11

pauru.jpg

そういや、時間軸は前後しますが、
こんな展示も見てきました。

『パウル・クレー展 ―おわらないアトリエ』

いつもの京都国立近代美術館です。

パウル・クレーをあまり知らなかったのですが、
妻がスイスにいったときに観たときの話や、
案内のチラシの絵からも、
明らかに自分の好きなタイプやなと思ったので。


パウル・クレーは非常に有名な方なのですね。
今回のコンセプト、日本では既に何度も開催されているので、
ちょっと今回は趣向を変えて、
作品そのものだけでなく、
その作品がどうやってできたのかにも焦点をあててみましょう、と。

ちょっと変わった油彩転写という方法を使ったり、
一度描いた絵を切断、再配置してみたり、
一つだけを使ってみたり、
裏面に違う絵を書いてみたり、
そういう作成のプロセスそのものが、表現になっているのだと。

こういうのは新しいですね。
芸術家なんてのは完全な成果主義で、
(本人たちの満足がどこにあるかは別として)
作品がいいかわるいか、でしか
判断されないと言えばされないわけで。

思考のプロセスはともかく、
作成のプロセスについて考えることはほとんどなく、
新しい視点やなと思いました。興味深かったです。

作品そのものも、色使いなど、
事前の予想通り、好きになりましたし。


仕事も成果を求められますが…、
と結びつけるのは下世話なのでやめますが、
過程やその経路を楽しめるのは、
何事においてもすばらしいことですな。

さっきの屏風の話でも、
メイキングで描いている様子を見たのは、
わりと新鮮な体験やったなと。


脳みその違うところを使えたなと、非常に満足です。

最近ちょっと毛色の違う展示を見て、
大変満足したと。

次はルパン三世展に行ってみましょうかね~。


SR

2011年04月18日 21:53

既につぶやきはしましたが、見てまいりました。
井上雄彦の描いた親鸞の屏風。

一時は2時間待ちにもなったそうですが、
私の行ったときは待ち時間なし。ついていました。

たくさんの人と一緒に描かれているものと、
一人で描かれているものとの2種類、
屏風ということで、非常に大きく、インパクトもありました。

メイキング映像が流れていたのですが、
筆を使って描かれていく様子がわかり、
それを見てから見れたのがとてもよかったです。

白と黒+濃淡だけで、ここまで表現できるものなのですね~。
すごいですな。


一人で描かれている絵が、とてもよかったです。

たくさんの人と描かれている絵は、
非常に力強い印象。
混迷している世の中で、希望の光として、
人々を救いに導く、いわゆる聖人・教祖としての親鸞。

一方で、一人で描かれている絵は、
普通の人としての親鸞が描かれているような。

いろんな解釈がされている人ですが、
妻帯を認めていたり、
いわゆる他力本願という考え方であったり、
当然人の上に立てるだけの厳しさはあるながら、
適度なゆるさも持ち合わせていたのでは、と思っています。

そういう部分が一人で描かれている絵からは感じられるような。


別に新しい解釈ではないのでしょうが、
本丸の東本願寺でそれを描いているのが、
すごくよいと思います。

いやー、すでに漫画家の粋を超えていますな。

でもまぁスラムダンクが一番なことには変わりないのですがね。
バスケしたい!

どうやら4/28~で、また公開するようです。
今回見逃した方はぜひ。


具体的には、

2011年04月09日 10:27

さて、本を読みました。

日本人へ 国家と歴史篇 (文春新書)日本人へ 国家と歴史篇 (文春新書)
(2010/06/17)
塩野 七生

商品詳細を見る


塩野さんのエッセイ集、第二弾。
政治について思うことや、住んでいるイタリアの話など、
1話ずつ、5ページ程度で。

特に、政治に関する話は、
国外にいることもあってか客観的で、
わかりやすいです。


今の政治がよくない、は、
多くの人が反対する意見ではありません。
が、よくない、という結論までで終わり。

では、どうすればよくなるのか?になると、
意見は分かれ、コンセンサスをとるのは難しい。

では、どうすればどうすればよくなるのか?となると。


それは、より具体化することだそうです。

ある問題に対して、課題がどこにあるか明確化し、
それを解決するアプローチに判断を下させる、
というところが、一番大事なのだと。
当たり前のことではあるのですけどね。

そして、一般大衆というのは、
より具体的になった問題については、
得てして正しい判断をするものなのだそうな。


現状、批判が溢れてきています。

今、学生のエントリーシートをみる機会がありますが、
あらを見つけるのって、思っている以上に簡単。

話の内容や構成、てにをは、など、
どのレベルにおいても完璧てのはありえないですし。
でも、そういうものをもって、
あなたは間違っているというのは間違いなわけで。

ただ、今、世にある批判は、
わりとそういう傾向にあるような。

ある一つのアプローチが失敗したために、
あなたは全て間違っていると。
背理法じゃあるまいし、という話です。


コンセプトが悪いのか、手段が悪いのか、
手段が目的になってはいないか。
悪い、で止めてしまわず、
どう悪いのか、をちゃんと見極めないといけません。


自分の仕事の説教をされている気になってきました。


CAんGAえTA

2011年04月03日 20:24

さて、映画を観ました。

ガタカ [Blu-ray]ガタカ [Blu-ray]
(2010/04/16)
ジュード・ロウ、ユマ・サーマン 他

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GATTACAです。
O本さんオススメ。

タイトルから察する人もいるかと思いますが、
遺伝子が話の鍵になります。

今より少し先、
遺伝子により将来の病気リスクや
到達する能力などが予想され、
操作もできるようになった世界。

主人公は、心臓病のリスクを抱え、
予想される寿命は非常に短い青年。
ただ、宇宙への思いは人一倍あるという人です。

しかし、心臓病のリスクがあるだけで
宇宙飛行士になる資格は与えられません。

でも、どうしてもなりたくて、
別人の遺伝子を使って、その人になりすまし、
なんとかして宇宙飛行士になろうとするが…、という話。


NASAが選ぶ現実的なSF映画1位、の作品。

遺伝子操作を施された人間と施されていない人間で、
社会が2極化されるのは、十分にありえることです。

確かに、事前に予想されるリスクを
計画に含めるのは当然ではありますし。
同じ能力を持つ人が入れば、
リスクのない方を選ぶことは合理的ではあります。

でも、それでいいのか?とは考えさせられるわけで。

また、環境因子なども含め、
発現メカニズムが明確になる前にそういうことを
考慮にいれるのはどうなのか?とも思います。

一方で、遺伝子的超エリートの、
必ず成功しなくてはならない、という重圧に対する
悩みてのも描かれています。


事前にわかりすぎることがいいのか悪いのか?
ということでしょうか。
結局、前回書いたカフカの話に戻りました。

人間にとって、先が見えすぎることは、
必ずしも幸せには繋がらないのでしょうかねー。

今まで、知るか知らないか、やったら、
当然知る方がええと思っていましたが、
あえて知らない、という選択肢も必要かなと。

そんなことを感じました。




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