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2011年03月31日 23:14

さて、本を読みました。

これから何が起こるのかこれから何が起こるのか
(2006/11/23)
田坂 広志

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よしだあさんが紹介していた本。
面白そうやったので、買ってみました。

web2.0と呼ばれるものによって、
私達、資本主義、世界はどう変わるのか?という話。

web2.0がもたらす最たるものに、
「情報コストの低下」があります。
SNSやツイッター、wikipediaや食べログなど、
「草の根メディア」の出現により、
情報の発信コストも収集コストも低下する、と。

そこから起こるであろう変化を、
75の変化として、演繹的に述べています。

演繹的(正しいことから順々に論理を進める)ということで、
論旨は説得力があり、なるほど、と思うことが多かったです。

よしだあさんと同じく、

  * 第40の変化:「良い商品を創れば、売れる」という技術屋のロマンが、敗れ去る

がやはり印象的。
認めたくないけれど、認めなくてはならないのでしょうな~。
まぁむしろ、売れない商品は良い商品ではない、のでしょうね。


ただ、この本で言われているこれからの変化、
あくまでも、ありうる一つの話なんやろと。

台風の予想進路のようなものです。

直近の進路は到達範囲が正確に予想できる一方で、
ちょい先の進路予想はどんどん広がってしまいます。
大雨かと思って身構えてたら晴天ということもしばしば。

というわけで、本の内容の後半は、
すこしスケールがでかすぎて、
前半とは違う読み物なのかというほど飛躍したような。


とはいえ、私のこれからの進路が晴天とは、
ちょっと考えにくい。
この本の予想通りになる可能性も高いかと。

そういう中で、今できることは、
情報を集めては、都度予想進路を修正していくことと、
修正に対応できるだけの基礎能力を向上していくことですかね。

がんばらんとな~。

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寝る前の

2011年03月31日 23:08

ちなみに、カフカを読んだきっかけは、
エコノミストの水野さんという人のコラム。
http://book.asahi.com/reading/TKY201010050261.html

結構面白くて、ちょいちょい読んでいます。
あるいは、紹介されている本を買ったりも。
その一冊。

紹介されていたのは『皇帝の親書』というものでしたが、
他にも興味のあるものがたくさん。

考えさせられることは他にもあったので、
また書いていこうかと思います。


こないだ決めた700字ルールを守るための、
本末転倒な解決法。

ご飯の時にデザートを我慢する替わりに、
寝る前に間食をとるようなものです。

出口

2011年03月31日 23:07

猿が人間になった話と、
ロビンソン・クルーソーの話。

共通するものは?


さて、本を読みました。

カフカ寓話集 (岩波文庫)カフカ寓話集 (岩波文庫)
(1998/01/16)
カフカ

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短篇集です。
その中のうちの二つ。

改めて、共通するものは?


それは、「出口に向けた行動」でした。

猿は、
ただ、檻から出たい、というだけ。
ロビンソン・クルーソーは、
ただ、日々を生き延びたい、というだけ。

どちらも目の前のことに一生懸命であるうちに、
結果的に、人間になったり、生き延びたりしたと。

もし、高いところに登り、
自分が無人島にいることを認識したら。
助けはそうそうこないぞと認識していたら。
心が折れてしまっていたはずだと。


猿の言葉。

「自由などほしくありません。出口さえあればよいのです。」

現状からの脱却のみを求める、というのが
心が折れない方法や、ということですかね。

個人的には、すごく納得しました。

貧困からの脱却、苦しみからの脱却、
そういうことへの方が、エネルギーは費やしやすいわけで。

では、その先はどうなるのか?どうしたいのか?
となると、明確に答えるのは難しいのでは。

それやったら、その先について問うことをやめて、
そこまでをより充実させた方がよいのかもしれません。

うーむ、いまいち表現しきれていませんねー。


これをどう自分のことに結びつけるかと考えると、
目の前のことに一生懸命になることは、
決して悪いことではないんかなと。

最近、先のことを考えていくと、
モチベーションをどう持っていいかわからんくなるのですが。
もう少し短期的で、達成可能で、全力で走ってもばてない距離を、
現状の閉塞感から脱却することだけを考えて、
がむしゃらに行動するのもええなと思いました。

i = Ec

2011年03月26日 13:39

原発関連のことはともかく、
ようやく美談とか批判とかがでてきましたね。
ずっと状況報告だけが続いてたことを思うと、
2週間たち、ようやく少し落ち着いてきたような。


助け合いの意識も非常に高いようで、
募金とかも多くのところでしています。
素晴らしいことです。

ただ、1年後、みんながこういう活動をしてるかというと、
ちょっとあやしいのではないかと。


私が結婚するときにしてもらった、
愛と恋は何が違うのか?という話。

恋は自然発生的な感情にのっているもので、
冷めることは往々にしてありうるもの、と。
一方、愛は、意志です、と。

相手にどういうことがあっても、状況がどうかわろうとも、
相手を大切に思い続けることを心に決める、
という強い意志がベースにあるものだということでした。
納得しました。


現在のもろもろの活動、恋に似ていると思います。
もちろん自然発生的な感情での行動はすばらしいし、
そもそも支援の輪がこんなに拡大してるのにはびっくりです。
私も、やれるうちにできる限りのことをしたいと思います。

が、おそらく数年以上にわたって苦しみが続く中で、
継続して、何かをすることも必要やろうと。


そういう、継続する、という視点で
何かできひんかなと思っています、というつぶやきでした。


じそん

2011年03月20日 21:55

1年ぶりに1部に帰ってきました。

そういうわけで、今シーズン最初の試合。
ただ、残念ながら、負けてしまいました。

16点差を一気につめて、
最後の最後まで竸ってたんですけどねー。
なかなか、悔しいものです。
自尊心が踏みにじられます。くそー

でもまぁ、この悔しさも久々やし、
こんなに勝ち負けにこだわったのも久々やし、
やはりええものでした。

今期は残留というところが
非常に適度な目標としてあります。
今日の負けで、苦しいところからスタートですが、
なんとか達成したいなと。


自尊心がやられたとともに、
自損もしてしまっています。

今朝、試合会場に向けて、
原チャで裏道をたらたら走っていました。
対向車もほとんどおらず、
ほぼ道の中央を走行。

で、対向車がきたので、
ちょっと左によってから右へ戻そうとした瞬間、
こけてしまいました。

まぁ幸い大事には至らず、試合も出場。

しかし、昨年9月頃の原因不明の腫れ並に、
肘がぱんぱんになっております。
痛みはないのですが。内出血?


まぁ5年乗ってて、一回も点検してないし、
いいきっかけなのかもしれません。
明らかに曲がりにくくなってますしね。
大惨事になる前にそういう気持ちになれたわけやし、
考えようによってはついてるということで!


さて、明日も試合です。
今期のクラブ選抜最終戦。
勝って終わりたいところですな~。

場違い

2011年03月15日 21:09

こんなときにミクシーなんて
うわついたことしている場合ではない、
と思っていましたが。

私のミクシーは、
テンションの高いものではないですね。
むしろ、どっちかというと暗いので、
別にかまわんのかなと思い直し、


さて、本を読みました。

鈍感力 (集英社文庫)鈍感力 (集英社文庫)
(2010/03/19)
渡辺 淳一

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一時期流行った言葉、鈍感力。
外乱に落ち込まずに生きていく力。

内容的にはそれほど深いものではなく。
過敏に反応しすぎるとつらいでしょ、
そんなにせんでもええんですよ、
というやさしいかんじ。


こんなときにこんな本を読んでる、ということ自体、
少し鈍感なのではと、反省しています。
(実際はもう少し前に読んでたのです)
なので、短く、もう終わります。


今回のことに対して、国内外問わず、
基本的に敏感に、迅速に対応していると思います。
すばらしいことやと思います。

逆に、最近の鈍感の極みは石原知事ですかね。
政治家なので当然狙いがあっての発言なのでしょうが、
あれは私には理解できません。


×

2011年03月13日 17:05

「本当に困難な状況に陥ったときに、
 人がとれる道は二つしかない。
 それは、今よりも優しくなれるか、
 すべてを否定するかだ。」

という名言があったように思います。
今、いろんな人達の言動・行動を見てると、
まさに前者ですね。すばらしい。

今回のことへの諸々の対応、
感動することが多いです。
海外からも褒められてますよ、的な
記事を見るとうれしくなります。


そして、いろんな人が、
今自分にできることを、
実行しているのもすてき。

場所を提供できる人は提供し、
食べ物を分けれる人は分け、
遠くにいる人はせめて応援する、
とか、とてもよいです。

まぁ私は特に何もできないのですが、
幸いTポイント募金というのがあるので、
それぐらいはできるかなと。


自分に出来ることをするアーティストも、
たくさんいるようです。

私の尊敬するアーティスト二人も、
そんなことをしているようで。

井上雄彦さんは笑顔の絵を、
菅野よう子さんは音楽を。

実際は独立の行動なのですが、
いっしょにされていることで、
さらに感動しました。

小さなことでも、たくさん集まれば、
これだけの大惨事でも
なんとかなるような気がします。




ミスジ

2011年03月09日 22:04

ここ数年の今日について、
ミクシーを読み返してみました。

去年のみ、普通の日記、
後は感謝を示していたようです。
去年は何があったのか。


そういうわけで、今年も3月9日を迎えることができました。
なんだかんだ、愚痴を言ったりどんよりしたりもしますが、
充実した毎日を送っています。ありがたいものです。

もはや肉体的な成長は見込めず、
うれしいことではないかもしれませんが、
やはり、自分が生を受け、無事に生きていっていることに、
感謝してもし過ぎることはありません。

みなさま、この一年、ありがとうございました。
これからの一年もよろしくおねがいします。


いよいよリーチの歳。
今しかできないこともたくさんあるでしょうし、
さらに楽しんでいきたいなと思います。

ちなみに今日はいい牛29を!
ほろよいコースのはずが、
ご飯を2杯食べてしまいました。
いろんな部位がありましたが、ミスジ最高!


みそじは、まだいらないです。




どちら

2011年03月08日 23:46

先程の本についてもう少し。

最初の1/3ぐらいは認知症の具体的な話。
残りは深層心理とか現代社会とか、
自己にも文化差があるとか、
わりと多岐にわたっています。

ちょっと話が飛ぶ感はあるものの、
どのトピックも、へ~と思うことが多く、
面白かったです。


自己の文化差について。

欧米では、自己を完全に他から独立したものと見るのに対し、
他の国々では、自己を他とのつながりの中にあるものという
見方が多いのだとか。

一方、他人は、前者は競争相手と考え、
後者は助けてくれる相手、と考えると。


で、どちらがええかという話ですが。

この本は、後者。
つながりなしで生きていくのは大変やし、
実際破綻しかけてるでしょ、と。


どちらがええかという話とともに、
そもそもどちらなのか、という話もあります。

他人を競争相手(性悪説)ととるか、
助けあう対象(性善説)をとるか、というところ。


どちらもあるのでしょうが、
結局は、主観なのかなと思ってきました。

性悪説やと思えばそうみえるし、
性善説やと思えばそうみえるんやろなーと。

以前、失敗も成功も主観や、
というコメントをいただいたのですが、
似たようなもんかなと。

どうせなら性善説がよいですなぁ。


まぁ、実際はそんなに世間は甘くないのでしょうがね。

でも、主観で変わる部分があるのであれば、
そういうのは積極的に変わればええのかなと思います。
お金もかからないですし。

さから

2011年03月08日 22:59

さて、本を読みました。

「痴呆老人」は何を見ているか (新潮新書)「痴呆老人」は何を見ているか (新潮新書)
(2008/01)
大井 玄

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日経新聞やったか朝日新聞やったかの
ウェブサイトにて紹介されていた本。

認知症についてというよりも、
私たちと認知症の人とは、何が違うのか?
から、そもそも私とは?というところまで。


認知に関する心理学の基本として、
「私たちの知覚は、期待からつくられる」のだとか。

そして、期待は、過去の記憶から作られます。


認知症の症状には、妄想があるそうです。
例えば、老人ホームを、
若い頃に過ごしていた家と思ってしまうとか。

予想通りのものが目の前に見え、
想定していた感覚を感じた場合、
人間はそれを真実と思います。

仮に、過去の記憶の方が心地良く、
その記憶(期待)から生まれた知覚により
世界を認識してしまった場合、
その世界を、自分では真実と思うこともあるわけです。


では、そう思わない私たちと、
そう思う認知症の人の差、は?

それは、自分を客観的にみれるかどうか。
他の世界と違いがあることを意識できているかどうか。

通常は、多方面から世界を見ることができ、
現実的に世界を認識できるのに対して、
認知症では、その真実と思った世界を、
唯一の世界として認識してしまうと。

そして、それを否定する他の人に対して、
拒否反応を示してしまうと。


と、考えたところで感じましたが、
私たち、そんなにできていますか?

自分を客観的に見れるか、
多角的に世界を見れるか、
といわれると、心許無い。

病気、と名付けることで、
何か線があるような印象を受けますが、
実際は境界はあいまいなんでしょう。

今、当然のように認識している世界も、
それが本当にその通りかと言われると、
実際はそうでもないんでしょうなー。


失敗 ⇔ 不安

2011年03月05日 09:41

さて、本を読みました。

不安の力 (集英社文庫)不安の力 (集英社文庫)
(2005/07/15)
五木 寛之

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読書が習慣になり、結構経ちました。
その分、活字がない時間、
ものすごく不安になります。

そういうわけで、
実家に帰ったときに見つけた本。
活字に飢え、読み始めました。


不安を感じる、ということは、
それほど変(弱ってる)ではなく、
正常なことなのですよ、という話。

「失敗は成功の母」
という言葉が肯定的なものなんやし、
「不安は安心の母」
という言葉があってもええやないか、と。


不安を感じる理由はたくさんあります。

では、私は?
というところなのですが。
不安、感じやすい方です。

もちろん生老病死についても、
強く感じています。
本を読むことが多いのも、
それらの不安に対する解がある、
とどこかで思っているからなのかも。


それに加えて、私、失敗に対する不安が強いような。

これまでの人生、わりと順風満帆。
学業も、バスケも、仕事も、結婚も、
非常にいい出会いがありました。
結果もまぁよい方かと。
恵まれすぎ!
(仕事の結果についてはアレですが。)

一方で、どんどん、失敗できない、
という意識が強くなっているのかも。

ゲイツ対ジョブズの映画に、
IBMという巨人に対して、ゲイツが、
「あいつらは成功しすぎて失敗できなくなった」
というシーンがあり、印象に残っています。

そういうことなのでしょうかね。
ま、そこまでの成功ではないですが。

失敗せえよ、と。
言うは易し、の典型ですが。

そういう点で、『宇宙兄弟』の、
「本気でやった失敗には価値がある」
という言葉は名言ですな。


冒頭の言い換えをここにも適用すると、
「本気で感じた不安には価値がある」
となりますが。

なるのか?

まぁ、これからも前向きに
不安を感じていこうと思います。

明日のため

2011年03月02日 22:14

さて、本を読みました。

いい言葉は、いい人生をつくる―いつも私は「言葉の力」を味方にしてきた (成美文庫)いい言葉は、いい人生をつくる―いつも私は「言葉の力」を味方にしてきた (成美文庫)
(2005/01)
斎藤 茂太

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前回紹介の、「名作コピーに学ぶ…」以来、
文章って面白いわ~と。

当然、文章の一部としての
キャッチコピーにも興味が出てきました。
ん?と思わせる意外性と同時に、
全てが詰まっていることも必要なもの。

そのキャッチコピーの典型が、名言。

そういうわけで、とりあえず読んでみました。


もう一つ、今回から新しい試みを。
線を引きながら読んでみました。

昔からその方が理解は進むやろてのはあったものの、
けち+電車内ということで、できていませんでした。

たとえば、
「あなたはあなただからすばらしいのよ」
という言葉に線を引いているのを
隣の人に見られたりでもしたら恥ずかしいですし。

でも、積極的な否定ではなかったので、
今回みたいな本はやってもええかなと。
勇気を出してみました。
フリクションペンを使って。


線を引いてみると、私がええなと思う名言には、
傾向があるようです。いくつかを紹介。

  ◆現状が結果がでてなくても、継続する

   「海のほか何もみえないとき、
    陸地がないと考えるのは
    決してすぐれた探検家とはいえない。(F・ベーコン)」


  ◆内面をつくるために、外見をつくる
  
   「楽しいから笑うのではない、
    笑うから楽しいのだ(心理学者 W・ジェームス)」


  ◆適度に抜く
   
   「ほどよい怠けは、生活に風味を添える(梶井基次郎)」


こういう名言たち、基本的には前向きです。

名言は、人を実際に行動させたり、
考え方を変えるきっかけになるもの。

なので、私もこういう名言をつかって、
前向きに行動しようと思います。

…、明日からね!


   「食べて飲んで楽しく過ごすのだ。
    明日からのダイエットに備えて(作家 ノーラ・ゼラバック)」





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