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個人が自由または主体的に使うことをゆるされた時間

2008年01月27日 23:17

megane.jpg


金曜日の夜はイトオカシさんと、ずっと興味をもっていたSEKAIYAへ。
http://www.manzara.co.jp/sekaiya/index.html

オーガニックワインを飲みながら欧州小皿料理を食べる店、
と謳っていたので、どちらかというと二次会で使うような店かと思ってましたが。
どちらかというと食べる方なのではというほど食べ物が充実していました。

まぁまんざら亭系列なので、間違いはないやろとは思っていたのですが、
O・バスティーユに初めていったときのような新鮮さでした。
予想をいい意味で裏切られる味つけが多かったような。
接客もなんか愛嬌があり、雰囲気もよく、予想以上によかったです。

話も、なんかえらくいろんな話をしたような。
高校以来ぶりぐらいでしたが、あまり久々感も感じませんでしたな。
なぜか宗教の話についてがっつり話しておりました。
そういう話を自然な形でできるのは、すごくいいことのように思います。


飲みにいくまでは、結構ばたばたしてました。
仕事が終わらないというのもありましたが、
その原因が、よくわからない頭痛。
今でも理由はわからんのですが、右サイドがえらく痛むときがあるのです。

で、どうなるかと思ったのですが、結局外の空気を吸うと治りますし。
不思議なものですな。偏頭痛というのですかね、これ。


その原因の一つと推測しているのが、めがねです。
歩く、というところで初任給で買ったものなのですが。
結構しめつけるデザインなのですよね。

社会人ぽさということで、メタルのものにしたのですが、
ちょっといろいろ不満が。

一つはそのしめつけです。
で、もう一つが、めっきのはがれ。

買って半年ぐらいでかなりはげましたしねぇ。
で、さすがに半年ははやすぎるやろと軽くクレームをつけにいったりもしたのですが。
歩くに軽くフレームについてクレームをつけにいったわけです。

でも、お客様が傷をつけたのでしょ、とあっさり断られまして。
レンズのすぐそばとか、普通そんな簡単に傷つかんやろとか思うのですが。



で、そういう不満を持っていたときに、
掲題のブランドなどを扱ってる店にたまたまはいったわけです。
個人が自由または主体的に使うことをゆるされた時間、
古代ギリシア語なのだそうです。skholeというそうです。
http://www.syz-shop.com/eyewear/itm_view.php?brd_cd=B0004

schoolとかの語源なのだそうです。
教育、が自由、主体的という言葉とつながるてのは、すばらしいですな。

schole、それほど高いわけではないのですが。
メイドインジャパンなのですよね。福井県鯖江市製です。
近年メイドインチャイナにおされているそうですが、
PラダやGッチなどのそうそうたるブランドがここに生産を委託しているそうで。

complex+という店で買ったのですが、
ここはほんまにアフターケアがよいのです。
http://www.complex-plus.com/

前述の不満などを言っていたのですが、ここは、
 ・再めっき可能(有料)
 ・ほとんどの破損を修理可能(有料)
 ・鼻あて部を自分用に加工可能(無料)
 ・レンズのサイドの鏡面加工可能(無料)
 ・セルフレームを再研磨可能(有料?)
などなど、すごいなと思いました。
しかも、有料てのもそんなに高くないみたいです。
めっきも無電解めっきではないそうですしねぇ。

付加価値というのはこういう風につけるんやなと思ったりしました。
こういうアフターケアのある店は、
ものがめがねだけに、かけがえがないですね。
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Dノート

2008年01月23日 23:01

2dbf05.jpg

とりあえず、遅れ遅れながらも、ひとくぎりです。
でも、あんまり予想していた結果とは違いましたな。

以前の試作の際に少し言った考察がP検で採用されてた事に、
多少気をよくしていた気がします。
ほんまにそれはそうなのか、と省みることがなかったような。

理屈なんてものはどこにでもつく、
ということを今年になってから言った気がするのですがね。
全く、本を読んでも身についてないですな。情けなし。

とりあえずは、明日もうちょい評価して、
つじとつまをあわせなければなりません。


でも、こういう目の前のなぜを追うことは、嫌いではないですね。
短期的な努力や集中はやや得意です。

逆に、長期的スパンでものを見ることは、やっぱりできてないです。
何が必要なのでしょうかね。
根気と自信とかですかね。あとは多角的なものの見方とかですか。
土台に信念がないとあかんのでしょうが。
新年ではあるのですが。


さて、久しぶりに朝目新聞を読んでみました。
そこでやっていたのがDボール特集。
金髪の宇宙人が宇宙を破壊してしまうかもしれないほどのエネルギーで
次から次へとけんかするという話です。

最近の朝目新聞はちょっとおもしろくなかったのです。
理由は二点。

一つは、絵のレベルが下がった。
もう一つは、元ネタを知らない。
この二点です。

でも、今回は結構よかったです。
どちらもクリアしてましたしね。

以前も紹介したような気がしますが、ドラゴンノート、大変面白いです。
続編が出てました。
http://asame7.web.infoseek.co.jp/3dbf1.html
http://asame7.web.infoseek.co.jp/3dbf2.html
2dbf03.jpg

3dbf002.jpg

逆に、こういうパロディてのは、
一つの話の流れにもう一つの流れを見出すという意味で、
大変頭のいい行為なのかもしれません。


オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ孫悟空!!!!!!!!

そろそろ

2008年01月23日 00:23

帰るのが11時ということは特に驚きもしないのですが、
次の日に早起きしなくてはならないのがどうにも困ります。
いろいろ優先していくせいか、ミクシーも多少更新頻度が下がっています。
まぁ、今週は労働します。


さて、株安です。
私は株をしていないのであれですけど、
結構激しいみたいですね。

経済雑誌とかもちらほら読むようになったので、
多少興味もわいてきたのですが。


なんでこんなに株やらはやっているのかと考えたりするわけですが。
就職でも、金融とか、最近はやってきているようです。
逆に、IT関係は激減しているのですと。

個人で完結できるからなのではないのかと思ったりします。

以前は使命も生きがいも、何かしら他が与えてくれたわけですが。
宗教も、国家も、ちょっとした集団ですら、
イデオロギーというやつですか、そういう大きなものがあったわけで。

でも、今は、個人主義ですからねー。

何かしら個人で、となると、分かりやすい指標なのでしょうか。
個人でいろんなものと対等にわたりあえるあたりが、
魅力に感じたりする理由なのかもしれません。


でも、何かちょっと、ちっちゃく思います。

こないだ立花隆の宇宙に対する話を見てて思ったのですが、
何百万年先のことに、私はそれほど興味を持っていないのではないかと。
人類がこの先どうなる、ということとか、
大事ではあるのですが、自分が知ることがないと思うと、
そのために行動するてのは、なかなか難しいような気がします。

温暖化も、自分の生活に関わってくるレベルになったとたん、これですからね。
実感のないところには行動は伴わないのかもしれませんな。


イデオロギーのむなしさとか矛盾とか不条理とかからの高次の解決法として、
個人というものがでてきたように思いますが、
いざ個人になってみると、結構いろいろ大変なのですな。
~への自由と~からの自由はちょっと違いますし。


話があれですな、発散ですな。いつものように。

科学も、ずっと還元してきたわけです。
根本原理はなんや、という感じで。
で、いまやクウォークだの、よくわからないところまで小さくなってきました。
反物質だのダークマターだの、わけがわかりません。

でも、ここまできて、単なる個々の集まりというだけで、
全てが理解できるのかという考えもでてきたわけで。
複雑系とか、そういうの。

それが全ての解決となるとは到底思えませんが、
全ての解決とならない、ということを知るだけでも大事な気がします。


実生活もそんな感じで、
今まで個人へ個人へときましたが、その限界も見えてきているように思います。
新しいアプローチというか、スタンスというか、
そういうものが必要な気がしないでもないです。


何をかいているのだか。
ちなみに、私は乾燥肌で、夜な夜な身体をかいています。
かゆいかゆい。

メモたち

2008年01月20日 23:36

最近、読書がないと、何も考えないようになっているような気がします。
まずいですなー。
ぼんやりと何かを考えることが減ったような。
いけません。

うさぎの調子もあまりよくないようです。
いけません。


土日、メモ。

うれしかったこと
・友人の婚約
・Yきちゃんの誕生日祝いの喜びぷり
・銭湯とトースターでうまいこと言えた
・練習試合の勝利
・買おうと思っていためがねの購入
・○NZE

いまいちやったこと
・教会の人の病気と引越
・京都の交通事情
・庄内駅からの乗り継ぎ
・バッシュ忘れ
・背中痛


以上

最近土日を時間単位で行動するようになっています。
少なくとも「休」日ではないですな。

閉ざす

2008年01月18日 00:31

初プロ検は、いままでになく穏やかやったそうです。
初なので全然わかりませんが。
まぁおかげで、昨日は終電ぎりぎりまでやることになりましたし、
○○を○○っ○○○にしたために、
○○○というようなことになってしまいました。
とりあえず、本気で反省しています。
次はないですね。

失うほどの信頼もまだまだないですが、
ほんまに一つのことで、ダメレッテルはすぐはられるものですしねぇ。


さて、直接関係はないのですが、関連して。

読書力 (岩波新書) 読書力 (岩波新書)
斎藤 孝 (2002/09)
岩波書店

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本を読んでいて、心を閉ざしてしまうことがときどきあります。
本当に、一言で全部を無理とすら感じてしまうことがあるというか。
例えば、中島義道とか、内容はおもしろいし興味深いのですが、
土屋賢二を全否定していることだけで、どうも読みにいかないとか。

人間関係でも、ごくまれにあります。
ある一言で、その人の全てが疑わしくなるというか、
その人とは心からつきあえるようにはならんやろなというか、
そういう気分になってしまうことが、たまに。


今回も、そういうところがありました。

読書は趣味ではなくて、マストなものですよ、という話。
で、そもそも読書はどういう意味があるのかという話。

昔は読書は当然しておくべきものであったよ、
今の人たちはほんまに本を読まなくて、ほんまに問題ですよ、という感じ。

確かに、本を読むということはとても大事やと思っています。
でも、強制ではないですよねー。
たぶんこういうところでも、格差というか、二極化するのではないですかね。
読む人はいろんなメディアをつかってどんどん読むし、
読まない人は全く読まないでもいけるでしょう。

むしろ、本を何かのために読む、というのが私には微妙です。
なぜ本を読むのか?そこに活字があるからだ、という感じではないのですかね。
時間が限られてくる分、吟味して選んでいかないといけないというのはありますが。


そういう感じで、内容的にはまぁ、興味深かったのですが。

古典礼賛といいますか、内容のよい本を読まないと意味がない、といわはるのです。
で、そのボーダーが、私の司馬遼太郎なのだとか。
あれをボーダーとするところが、私には全く理解できなくて。
こういう本の論理て、特に論理ではありませんし、
唐突に断言しているだけですからねー。


そこに納得ができない、という理由だけで、
どうも心を閉ざしながら読んでしまったように思います。
もったいない。

あとは、読書を全くしてない人が多くて、
もっと本を読みなさいという話を、なぜ本でするのでしょうね。
これ、だれをターゲットとしているのでしょう。

ま、とりあえず、読みますよ。

短い本が最近多かったので、
そろそろ長編をひとつがつんと読んでみましょかねー。

追記

2008年01月16日 00:07

昨日の続き。
続きというほどでもないですが。

自分が何かしらの文章にひどくテンションがあがるとき、
だいたい二種類があるようです。

一つは、全く新しいことを知ったときと、
もう一つは、漠然としたことにたいして明確な表現が与えられたとき。
対談形式のときは、結構後者の場合が多いような。
今回のもそうでした。

いろいろなことを、自然な感じで話しているために、
全く違和感なく、それを自分も考えていたというような気になったりします。

立花隆と司馬遼太郎の対談では、
言葉では通じないものがある、という論点でやっていたのですが。
神秘主義とか、何らかの宗教的体験などは、言葉にはできないとか。

でも、私のような思考レベルではまだ、言葉で伝えられるはずなのですよね。
語彙力などがないせいなのでしょう。
いやはや、なかなか先は長い。


あとは、例えば神秘主義的な体験とか、
一見否定してしまいそうなことも、結構自然に受け入れているのが、
非常に印象深かったです。

何かを否定する、てのはとても簡単なことですしね。

否定したくなるようなものの中にも、
何かしら肯定できるものがないかと見ることが大事なのでしょう。

対人でも、対本でも、対事象でも、
そういう何か肯定できるものを探すという事を
改めてやっていこうと思いました。

高密度

2008年01月14日 22:55

男塾が実写映画化されるそうですな。
実写化というものに対して嫌悪感すら持っているのですが、
さすがにこれは、見てみたいです。


さて、風邪だといいながら、ごりった三日間を過ごしました。
まさに、高密度。
人間て、やりたいことには完全に身体がついてくるのですね。
すごいものです。

買い物もしてたのですが、いろいろな店に顔を覚えられているようです。
まぁどちらかというと、体格ですかね。でかいですしね。
おかげで、いろいろなことを教えてもらえますし。
相談とかの内容が、非常に濃くなるのです。

リピートする店が増えてるてのもあるとおもうのですが、
あるいはあまりにテンション高くおいしがるからかもしれませんが、
食べ物屋でも覚えられはじめてますからね。
なかなか、いい傾向なのではないでしょうか。
また京都から離れたくない欲が強くなりそうですな。


さて、本も読みました。

宇宙を語る 1 (1) (中公文庫 た 20-8) 宇宙を語る 1 (1) (中公文庫 た 20-8)
立花 隆 (2007/05)
中央公論新社

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宇宙を語る 2 (2) (中公文庫 た 20-9) 宇宙を語る 2 (2) (中公文庫 た 20-9)
立花 隆 (2007/10)
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対談形式ですね。私の好きな形式です。

1巻は宇宙飛行士たちとの対談で、
2巻は専門は違えども宇宙について語れる人たちとの対談。

すぽっく先輩の言う通り、2巻の方が好きでした。
というか、よすぎました。


河合隼雄と司馬遼太郎、この二人との対談は。
なんかもう、泣きそうになりましたよ。

宇宙について、というよりも、
宇宙を通して何かしらの精神的インパクトを受ける、
ということについての対談ですな。

真理がシンプルである必要はあるのかとか、
言葉は万能であるかどうかとか、そういうところから考えないといけません。
たしかに、ひも理論も支持される根拠の一つに、
美しい、というのがあるそうですしね。
真理がシンプル、というのは結構普遍的な感覚なのかもしれません。

哲学的にしろ宗教的にしろ、何かしらの絶対的なものという、
私があやふやなまま興味を持っている事に対して、
これほどまでに自然なスタンスで臨めるのかと、びっくりします。

対談やからできるということもあるのでしょうな。
論文のようなものではもっと断言を増やす必要がありますし、
やや気楽な感じでいけるからこそ、これだけのものになったような気がします。
結論が明示されるというわけではないですし。


ちなみに司馬っちとの対談は、司馬氏側の本で見てたのですがね。
それで立花隆に興味を持って、今のようなことになってしまっているのですが。
原点に帰った感じです。
これは、私にとってはテーマがあまりに自分の求めていることに近いので、
何度読んでも何らかの意味を持ってくれそうな気がしますな。
またどこかで読もうかと思います。


しかし、前回は新書が口語調になることで
あえて密度を低くしているのではとか書きましたが、
今回は口語なのに密度が高いという、全く逆のことになりました。
いやはや、こんな会話してみたいですよ。
あー。できるようになりて。

あとは、私の望んでいるものはあまり仕事からは得られず、
私の持っている数少ない能力はあまり仕事には活かせないのでは、
などと最近思うようになってきました。

いや、まぁ、好奇心はここにもありますし、
何より脳みそを一番つかうところなので、絶対に必要なのですがね。
出世はしなさそうな気がぷんぷんしてきました。


めりとはり

2008年01月12日 14:03

20060428_0.jpg


風邪を引いていました。
今朝はもう、だいたいよくなりました。

せっかくやし年休でもとって治したかったのですが、
今週はなかなか忙しく、ずっとクリーンルームにて作業。
まぁ、最近は作業も仕事と考えることにしています。
いつまでもはだめですが、センスを磨くという点では必要やし。
課題とかが見えてくる場合もありますし。

そういうわけで、今週は結構めりはりを。
時間ができたら、常に回復させるために休養を。
そのため、ミクシーもしてなかったですしねぇ。
そういうことができるようになったのは、成長なような。
優先順位を決めての行動が、少しできつつあるような。


ただ、昨日、なんとかやるべきことを終え、
「体調も悪いので、今日はこれで失礼します」といいながら。

まさかのはしご。

はりもさんと、なぉさん+Aさんと会ってきました。

はりもさんは地味に久しぶりでたし、
なぉさんと少人数でまったり飲むのは、結局社会人になって初ぐらいなのでは。
飲もうとは言っていたのですがね。

そういうわけで、ぎりぎりな感じでやってきました。
今日はバスケをします。大丈夫かしら。
まぁ、めりとはりですよね。
やってあっさり寝ます。


さて、昨日、なぉさんAさんといったのは、五十棲というお店。
おにかいを断られ、
そこの店員さんがここも同系列ですと、わざわざ聞いてくれた店。
おにかいは接客が微妙な印象やったのですが、昨日はめちゃよかったです。

で、五十棲ですが。

おいしかったです。雰囲気もよく、メニューに特徴もありました。
おにかいは一度行っていたので、こっちにこれたのはついてましたなー。

ここは、おでんと串焼がおすすめなのだそうですが。
野菜はおにかいと同様新鮮で、変り種が多いのがかなりあついです。

おでんではきつねうどん(巾着の中にうどん)、コロッケ、ほうれん草(とろろつき)、
串焼では鮪の中落ち炙り(とろろつき)、生だこ炙り(ゴマ油つき)、
など。
串焼の豚つくねがしぬほどおいしかったです。


まぁ、集中すれば、なんでもできるということですね。
精神論ですね。

ただ、お酒を飲んだ方がよく眠れる説がどんどん有力になってきて、
大変よくないと思っております。まずいです。

○○はひとつずつ変えることができる

2008年01月08日 23:22

21sa.jpg

今朝の濃霧、すごかったですね。
今日に限って高槻へ出勤やったもので、90分遅れ。
会社につくと、10時を過ぎておりました。

いやー、でも、しゃあないわと思うほどに霧でしたよ。
高槻の上空写真、ガニシュカ大帝かというほどに霧でした。
もう、きりがない、という感じでした。ありましたが。

今日はもう、濃霧しかないですね。
のうむしかないですね。
のむしかないですね。


さて。

本を読みました。
会社の休憩室には読み終えたビジネス関係の本が結構ありまして、
その本はいただけるというシステムでして。

部下力―上司を動かす技術 (祥伝社新書) 部下力―上司を動かす技術 (祥伝社新書)
吉田 典生 (2005/06)
祥伝社

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さきほど帰り道ですぽっくさんにも言いましたが、
最近の新書は、口語に非常に近いです。
やし、読みやすい分、密度をやや低めにしているような。

なので、今回は、速読風に読んでみました。
あっというまでした。こういう読み方もできるようになりたいですね。

話は、上司のせいにしてもええことはありませんよ、という話。
中盤がダメ上司分類をしているだけになってて、
そのへんはぐだぐだになってしまっています。
金銭の話もでてこないので、
上司に対する不満の原因が完全には網羅できていない気もします。


でも、今の私が読んだということが大事であったような気が。

別に今は全く上司に悩まされていませんし、
上司レベルの人たちはほんまにすごいなと思っています。

結局、上司のせいにしない、ということは、自分のせいにする、ということで。
誰かが言っていましたが、実際はどうあれ、
原因を自分に帰する人の方が、成長ははやいのだそうですよ。

私は幸か不幸かネガティブなために、全部自分が悪いと思ってしまいますが。
それも意外とポジティブな結果をもたらしてくれるかもしれません。


話がそれています。

自分のせいにするということは、環境を自分が変えればよい、ということで。
あたりまえのことなのですがね。

チームの雰囲気をよくするとか、そういうこともめちゃ大事で、
私はそういうことなら今でもできるはずなのですよねぇ。
あたりまえのことなのですがね。


私は自分が変わってからでないとだめだと思っているところがあるようですが、
まわりも変えていくぐらいの気持ちでいかんとあかんなと思いました。


関連して。

最近のフジフィルムのCM、結構好きなのです。
技術者たちが「世界はひとつずつ変えることができる」、
というキーワードで紹介されていっている、あれです。

決して斬新な発想ではないです。
むしろ、漸進な発想ですな。

でも、まわりを変えるてのは、きっとひとつずつのことですし、
自分が変わるのも、ひとつずつのこともあるはず。

「ひとつずつ変える」という言葉、
私にはとてもしっくりきてしまいまして。
それを、~できる、としているところも気にいりました。
この「~できる」はcan的なものですな。
する能力がある、とかではなくて、
しようと思えばできる、という意味のようです。

漸進的に、自分の意志で何かを行うということを、
それこそすこしずつでええので、できるようになりたいものです。


まぁ、しばらくは絶対にそうですし、
組織にいる限り多かれ少なかれ、部下として生きるわけですしね。
その状態をポジティブに過ごそう、というわけです。

そういうわけで、部下として生きる、その一年目に、
こんな感じの内容の本を読んでおけたことはついていたなと。
そんな感じです。

いじょうです

2008年01月06日 23:07

休みが終わりましたね。まぁ、がんばりました。
二日酔い→迎え酒→飲み会→(中略)→惨事会→二日酔い
というループのために、ほんまに年末はずっと酔っていたような。

でも、楽しかったです。会いたかった全ての人に会ったわけではないですが、
つぼは押さえて会えたのではないでしょうか。

あと、思い出は定量化できないと思っていたのですが、できるようです。
体重が3kg増えてました。
文字通り、重いで、になりそうです。不安です。


さて、本も読み始めました。
異常の心理学 異常の心理学
相場 均 (1969/04)
講談社
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下手すれば40年前の本になってしまうのですが、古本屋で買いまして。
フロイト系の心理学の話です。

生まれたての赤ちゃんは、口がものすごく大事な意味を持っているそうです。
乳を吸うということが最も大事ですが、何でも口にいれますからね。

この時期に十分な満足が得られない場合、
口唇期に問題があると表現し、ややメンタルに偏りができるそうです。

・一見、社交的
・極度に孤独をおそれる
・食いしん坊
・食道楽
・肌触りなどに執着

などがあるそうで。私は、これなのでは?


後半は全て心理学の紹介になってしまっていたのですが、
前半の、そもそも異常とは、というあたりは大変興味深かったです。

我々は、何かにつけて納得したがるものでして。

ワイドショーで犯人の心理をむりやり解明しようとすることも、
えらそうな占星術師やよくわからない新興宗教とかも、
仮にほんまかどうかわからなくても、
何かしら理屈をつけて納得したがるのです。
自分の理解を超えるものを、そのままうけいれることは結構難しいと。

異常、と呼ばれた人たちは、
結局そういう無理やりな理由づけをされた人、ともいえるようです。
中世の魔女狩りとか、狐憑きとかもそういうものに属すると。

無理やりな理由づけ、危険に感じますな。
そういう状態こと、むしろ異常事態に思います。


私も結構そういうところがあります。
自分の中で理屈が通れば、結構そこで思考停止してしまうような。
結構いろんなことに偏見もってますし、デマもよく流してしまってます。

こないだも言ったような気がしますが、
理屈なんてものはどこにでもつく、
て言葉をほんまに自分のものとしなければならないですな。
わけのわからない論理なんてのはどこにでもあります。

以前、友人のブログを検索してたら、
その誹謗中傷をしているところも検索されました。
ひどいものですなー。
一見理屈ぽく書いてますが、むちゃくちゃですよ。

普通に腹たちます。
知り合いがやってるなら卑怯やし、
知らない人がやってるなら、異常です。


いかん、またどんどんわけのわからないことになってきました。
この辺で寝とかないと。明日から仕事ですし。

まぁ、逆に、何が正常なんやという気もしますねー。
おやすみなさい。

魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚

2008年01月05日 17:28

魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚


というような気分でした。
魚が多すぎる。多すぎる、魚が(倒置法)。

何はともあれ、言ってまいりました。
同期との日本海の旅。

参加者の調整にはじまり、雪やら年始やら風邪やら車やら電車やら、
なかなかどうなるかと思った旅行でしたが、
最終的には魚に落ち着きました。


行ったのは久美浜の民宿、別館浜戸。

確かに、ボリュームがありますよということは書いてあったのですが。
それでも常識的な量というものがあるやろぐらい出てきました。
そして、やっかいなことに、おいしかったのですよ。

えびかにに対して拒否反応を示す私の肉体のせいで、
冬の日本海にも関わらず、かにはありませんでした。えびはありました。

メインは、ぶりしゃぶ(いっしょにいれる野菜と魚がおかわり自由)。
と、舟盛り(はまち、いか、えび達)。
と、焼きがき(山盛り)。
と、魚のにつけ。
と、魚のにつけ。
と、あじのひらき。
と、ちゃわんむし(かきとかにいり)。
と、もずく。
と、かま焼き(なんの魚か不明)。
と、ごはんとビール。

あぁ、そういえば、これはきついでしょ~となっていたころに、
寿司がでてきました。

どれもこれも山ほどありました。びっくりしました。
はまちをこんなに食べたのは人生で初めてです。
そしてこれからもないでしょう。


そして、さらに、
誕生日がいたもので、二人もいたもので、
ケーキを二ホール食べてしまいました。

いやはや、満喫です。
胃袋は間違いなく大きくなりました。

願わくは、もう少しむちゃくちゃに食べれた頃にいきたかったですなー。
味は別に大味でもなんでもなく、普通においしかったです。
ぶりしゃぶにいっしょにいた、魚が死ぬほどおいしかったです。
数匹食べました。

はじめは、ぎょっとしましたが、
一時期はうおーとテンションあがりましたが、
最終的にはうおう左往してしまったという気分です。
まさかな、というほど出てくるのですよ。

あとは、温泉等を楽しみました。ぶりしゃぶになった気分でした。


最後に。

甘いものは別腹、という言葉、本当なのだそうです。
甘いものを見ると、胃袋が働いて、ほんまに食べられる余地をつくるのだそうな。

今回は、ケーキを見て別腹をつくった後、寿司を食べるという暴挙にでました。
うまくは、いきました。
いっぱいやと思っていたにも関わらず、9カンさらに食べられました。

まぁ、最後に、用済みのケーキも食べたのですがね。

理系臭

2008年01月04日 09:14

「秘密結社のフリーメイソン、一般入会が可能に」
ということがニュースになることが、とても嬉しく思います。
いいですなー。
まじめにあほなことを言うている雰囲気が好きです。
フリーメイソン自体は結構由緒正しいもののはずですが。
日本支部があったのですね。


さて、サークルとか部活とか、同期とか同級生とか、
年末年始では、そういうところでの集いが多いです。
つまり、文系とか理系とか関係ない感じ。

そういう雰囲気が好きですが、
というか、そういうことを気にすることは普段はないのですが、
昨日は理系と過ごしておりました。

昼からバーゲンに向かい(混みすぎ)、
途中からはめーちさんと合流、
夜はTつる、Kしゅん、Pやまと飲み。

別に、話自体は特に理系ぽくはないのですがね。
別に科学の話をするわけでもないし、
技術動向をどうこう言うわけでもありません。
むしろ恋愛の話をしたりもするし、
最近の若者はどう、みたいな話もしています。

でも、臭いはするのですな。
理系臭といいますか。

あれは、なんナノでしょうなー。
論理的に話しているというわけでもないのですが。
結構、理屈ぽいのかしら。


別にそっちの方がいいわけというわけではないのですが、
自分がそっち側の人間やからか、ときどきむしょうにかぎたくなるというか。

そういうわけで、感情よりも理性に訴えてくるような会話やって、
それが非常に心地よかったということです。
感情と理性を文系と理系にあてはめること自体、間違っているのですが。


まぁ、変なところで共感を得たことが非常によかったのかもしれません。


会社に入って指摘を頻繁にうけることになった、私の婉曲ぷり。
「聞いたことある」は、間違いなく方言に属するような気がしました。
気がしました、という時点で既に婉曲ですが。
京都人、やはり婉曲なのですよ。
断言するとどきどきするように思います(←婉曲)。


そして、RPGは人生に対して死ぬほど大きな役割を果たしていると。

大きな困難(ボス)を乗り越えられないのは、
決して社会(ゲームバランス)が悪いのでなく、
自分の努力(レベルため)が足りないということを教えられましたし。
単調な努力(レベルため)が黙々とできますからねー。

そういうことに対する理不尽さも学びましたし、
ゴールドが半分になってもやり直すうたれ強さも得ました。
次に進むために、(街の)人の話をちゃんと聞きますし。


ま、抑揚はそれほどなくても、非常によい時間を過ごしたということです。
これからも、大切にしたいものですな。

うーむ、とくに理系が関係あるわけでもないような気がしてきました。

かんさん

2008年01月03日 11:20

休みも後半戦ですな。
あっという間です。

予定外に飲む機会があったため、結局28日からずっと飲んでます。
というか、ずっと酔っています。
そろそろかしら。


さて、年始は筋肉番付やら箱根駅伝やらを見ています。
サッカーもラグビーも、なかなか面白い事になってきましたな。
バスケも、こっそり洛南が優勝したそうですし。
連覇、すごいですな。バスケしてぇ。

箱根駅伝を見ていて、よく見るCMが二つ。

某S社の猫のでるやつと、
某UちゃんNちゃんの出ている酒造メーカーのやつ。

前者はエコ、後者は品質に責任と、
なかなか、昨年後半にえらくでてきたやつに対応しておりますな。
すばらしいと思います。
これからしばらくはこの流れはありそうな気がしますなー。


エコに関しては、一気に変わりましたな。
温暖化が指数関数的に起こるのといっしょで、
我々の態度も指数関数的に変化しているように思います。

朝日新聞は元旦から環境についての特集をしているのですが、
今日のはなかなかショッキングでした。私には。

二酸化炭素の排出権が、株のように取り扱いされているようです。
何トンの排出権に対して値段がついたりするのですと。

すぐ、そうなるのですなー。
最近の石油事情も、サブプライムローンも、あんまりわかっていませんが、
結局はそういうお金に換算してしまっているところが問題なような。


あれみたいですね、Dチョウ倶楽部の定番のネタ。
 だれもやらへんの?ほな俺やるわ!ほな俺も…
というやつ。
結局誰一人やる気はないてやつですか。

換算てのは、何かにつけて必要なことやと思うのですが、
換算している事を忘れてしまうのは、ちょっとこわいことやなと。


私もコメントの数やコミュニティの書き込みの数で何かを評価するときは、
重々気をつけようと思います。
閑散としたとしても、へこまないようにします。

ご挨拶

2008年01月01日 12:27

Image043.jpg


寒中お見舞い申し上げます。
一応喪中やったので。

昨日も書きましたが、今年の目標は、
バスケ、人間関係、好奇心、
時間をつくる、詫びよりお礼、ちゃんと選択する、
です。

今年はコメントがしてもらえるような文章になるといいですね。
毎年言っていますがかなっていないので、多分かないませんが。


みなさま、今年も宜しくお願い致します。




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