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思い通り

2012年02月23日 10:28

さて、本を読みました。


珍妃の井戸 (講談社文庫)珍妃の井戸 (講談社文庫)
(2005/04/15)
浅田 次郎

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蒼穹の昴に続く第二部。

とはいえ、ボリュームとしては1巻のみの、少し少ない感じ。
どちらかというと外伝的な位置づけで、
蒼穹の昴の登場人物が第三者的に見られているというか。
タクティクスオウガでいうと、ランスロット・タルタロスの話のようなものです。

話は、クック・ロビン調に、誰が珍妃を殺した?というところから始まり、
いろいろな人のかみあわない証言、というスタイルで書かれています。
芥川龍之介の『藪の中』的な。


珍妃が井戸に投げ込まれて殺された、
ということ自体は史実ではあるのだそうです。
西太后が殺したことにはなっているのですが、
実際にそれはどうなんでしょうね、という感じで話は進みます。


まぁ実際がどうか、ということはおいておいて、
結局真実なんてものはあることの解釈であって、
その人ごとに異なる相対的なもんなんやろなと。

そして、客観的な事実というのもあいまいなもので。

科学というのは客観的なイメージがありますが、
(そして他よりは幾分客観的やと思いますが)
実際は主観がどうしても入るものですしね。

実験てのは、ある主観に基づいた仮説があり、
それを証明するために、データをとる、という形で進めるわけで。


そういうわけで、極論をすると、
世界はある程度は"自分の思い通り"になる、ってことなんかなと。
思ったとおりにしかならない、ということですかね。

なので、楽しいと思えば楽しい世界になるし、
つまらんと思えばつまらん世界にしかならんのやろなと。

自分の思った通りに対象が変わるてのはバークリ的な感じがしますが、
自分に依存する部分をポジティブに捉えるてのは、
とても大事な気がします。


前向きに生きたいですね!



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長短

2012年02月21日 11:48

さて、本を読みました。


蒼穹の昴(3) (講談社文庫)蒼穹の昴(3) (講談社文庫)
(2004/10/15)
浅田 次郎

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蒼穹の昴(4) (講談社文庫)蒼穹の昴(4) (講談社文庫)
(2004/10/15)
浅田 次郎

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第一部の完結。
この世の富を全て自分の手にいれると予言された宦官の主人公と、
その周辺人物の物語。

舞台は清の末期、西太后が支配していたころ。

この本の中では、西太后はものすごく優秀な人物として描かれています。
最も長期的なビジョンを持って行動している人物やと。

たとえば、

 目の前のことを考えると 
 → 西太后の支配はよくない

 ちょっと長い目で見ると 
 → 西太后の支配後、速やかに清が滅びるなら、
    外国が何かしら口実をつけて支配してくるようなことはない

というような感じ。
清をスムーズに滅びさせることが、
長期的には中国国民の利益になるのだ、ということです。


これが正しいかどうかはおいておいて、考えさせられるところです。

後者はおそらく、民主主義からは産まれてこない発想やろなと。

長期的視野にたって、現在の犠牲を厭わないってのは、
理屈では納得できてもなかなか実行できることはありません。
今の消費増税論議もそのたぐい(もう少しレベルは低いですが)。

私自身にしても、長期的、といっても、
例えば老後を見据えて、とか、そういう一人の人間の人生ぐらいが限界です。
子供産まれたら変わったりするんですかね~。

まぁこれだけ個人が重要視され、先が読めない時代なので、
コミュニティやしいては地球全体のため、という視点はなかなか難しいですよね。


そういうわけで、そういう人達の集合としての民主主義が導く結論は、
どこかしら短期的、刹那的になってしまうような気がします。


ギリシャに関しても似たような話が。
選挙をするな、という話があるそうです。

おそらく次の選挙をしてしまうと、
長期的に歳出削減をせなあかんというのはわかっているものの、
今給料が下がる人達が絶対にそういう政策をする人達を選ばない。
その結果、今つくりあげている救済策とかを破棄する可能性すらある、ということです。
だから選挙をしばらくせずに、
とりあえず強引に歳出削減をしていったほうがええのではと。

これは、危機的状況に陥ったときに、
民主主義が機能しなくなる可能性がある、ということなのかなと。


だからといって独裁政治がいいかと言われると、そういうわけでもないですしね。
難しいところですね。

とりあえず、民主主義のメリットは、
自分で選択した、という覚悟が得られるということかなと。
せめてちゃんと選挙にいかんとな~。



話があまりにも逸れました。

まぁとりあえず、政治、というものを舞台にしていて、
普段の歴史小説と比べて闘いが少なく、面白かったということで。

三部作なので、まだまだ読み続けます。

復 活 ッ

2012年02月16日 10:31

さて、本を読みました。


蒼穹の昴(1) (講談社文庫)蒼穹の昴(1) (講談社文庫)
(2004/10/15)
浅田 次郎

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蒼穹の昴(2) (講談社文庫)蒼穹の昴(2) (講談社文庫)
(2004/10/15)
浅田 次郎

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義父から借りた本。

清末、欧米からの搾取によって滅んでいる時代を、
皇帝や西太后周辺の官僚や宦官を主人公として描いています。

天命とか、そういうものにしたがって生きている、
という雰囲気は中国っぽく、
悪者にも理があり、ほんまの悪人はほとんどいない、
という雰囲気は日本っぽいなと。
いい塩梅です。


天命を授かったものが、勢いに乗ってどんどん出世、活躍していく様は、
ヒーロー物をみているようでなかなかに心地よいです。

が、天命というものは、あくまできっかけのことなんやろなと。


今、NBAでリンという中国系2世の選手が大活躍しています。
主力メンバーが怪我しまくって人が足りなくなった中、
急遽現れたチームの救世主として、大活躍中。
その選手がでてきてから、チームはまだ負けてないのだとか。

大活躍!

でも、その選手の体格やシュートフォーム、履歴をみていくと、
これは決してシンデレラ・ストーリーというわけでなく、
起こるべくして起こったんやな、と。

この人の自分への約束事として、
人には運・不運があることを受け入れ、
いずれ訪れるかもしれない運をつかむためにハードワークを惜しまない、
というのがありました。


天命というものは、
  (幸運)×(準備してきた能力)
なのだということです。
なんかラッキーなことが起こって大成功せんかな~という人には、
決してそのラッキーをつかみとることはできないと。
それがラッキーであることすら気づかないて感じなんではないですかね。


蒼穹の昴の主人公たちも、リン選手も、確かについているところはあります。
出来過ぎとさえ言える。

でも、それをものにできるかどうかは、
その人達のそれまでに準備してきたものに依存しているのやなと。


幸運を自分で創り出すのは簡単ではないと思います。
なので、自分にできることは、その幸運を絶対に掴み取るために、
能力を高めるため、たゆまぬハードワークをしておくということしかないのかなと。
あとは、それだというときに迷わない覚悟も必要な気がします。


思い返すと、今まで結構幸運ぽいやつがあったような。
わりと素通りさせてしまったな~。

ハードワークと覚悟、その二つは準備ができるので、
そっちはしていくようにしたいと思います。
次の幸運に向けて。


新アイテム体験

2012年02月15日 10:34

さっきの日記、見直しすらしてないです。
そういうのも気楽な感じ。
エッセイ調といえば響がよいかと。
まぁ、それは着飾らなすぎな気もしますが…。


ちなみに、さっきの『チルドレン』、
SONYのリーダーを買って初めての作品です。

リーダー、とてもよいです。

何がよいって、片手で本が読めるということ。

電車にしろ、布団の中にしろ、
両手で本を読むって結構無理な体勢になりますし。
まぁ、人間の体って本を読むために
最適設計されているわけでもないですしね。


でも、当たり前のことでありながら、
体験してみるまでわからんものやな~と。
頭で、片手で読めるのは便利や、とわかっていても、
それにどこまで価値があるかは、体験してみないとわからんなと。


このへん、難しいところです。
つくる側としては。

この製品、いわゆる、潜在化していたニーズを顕在化し、
新たな消費者ニーズに応えるような、製品なのだと思います。

が、そういうニーズが、昔に比べてわかりにくくなっているなと。

昔やったら、全自動で洗濯ができるようになりますとか、
寒い部屋がスイッチひとつであったかくなりますとか、
直感的にわかりやすかったんやと思います。

製品の提供=ソリューションの提供、という感じ。
この製品があれば、こんなことができます、とストレートやったわけで。


それが、よりわかりにくくなっているため、
直感的に欲しい、と思える製品が少なくなってきているんやなと。

子供の頃は身長がどんどん伸びていっていたけど、
ある程度歳とると、伸びるにしても微々たるもの、というのに似てる。
結局伸びたら嬉しいけど、
測ってみないとわからない時期にきているような。


なので、もはや最近の電化製品でそういうものは少なく(ありますが)、
ソリューションの提供=製品群の組み合わせ、みたいな感じに。
これとこれとこれを買って、それらをつなぎあわせれば、
こんなことができます、となっていますな。

そら買うのにちょっと考えてしまい、
その分慎重にもなってしまうのでは。

悩ましいところです。


そういう中で、このリーダーは、
かろうじて製品=ソリューションなものやと思います。
わかりにくくはありましたが、単体で新しい感覚を得られました。


私はどういうものを作り出したいのかなと、
会社の状況的にも自分の状況的にも岐路に立たされている今、
もう少し深く考えてみないといけないかもしれません。



…よく考えると、こっちではリーダー買ったことすら書いてなかった!
買ったんですよ~。

http://www.sony.jp/reader/

これは、本好きにはかなりの魅力なアイテムです。
本棚が埋まっていくことに快感を覚えないならぜひ。

私は本棚も埋めたいので、併用していこうかなと思います。


きかざる

2012年02月15日 10:16

書くたびに久々ではありますが…。

さて、本を読みました。


チルドレン (講談社文庫)チルドレン (講談社文庫)
(2007/05/15)
伊坂 幸太郎

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陣内というちょっと変わった、けど憎めない人を、
周囲の人の視点で、いろいろなエピソードを交えて書かれる、
短編×5からなる話。

あいかわらず驚異のテンポの良さで、
さくさくと読めてしまいました。
伊坂幸太郎すごい。

めちゃくちゃをやっているようで、
実は本質をつかんでいて、
かつそれに対して、誇るところがないというか。
考えてやっているよりも、天性の勘のようなもので
本質をつかんでいる雰囲気に、明るさを感じます。

とりあえず、自分をよく見せたい、という欲、
私も強烈に持っていると思いますが、
そういうのって、それがばれたときにすごくいやらしいのでは。

この陣内という人は、そういう、自分をよく見せたい、
が全然ないために、逆にかっこよく見えます。


昔のように、あるがままの自分で全てが許される、とは
さすがに思いませんが、
でも、着飾るにしても着飾り方があるんやな、と。

同じ服を着るでも、着こなしでかっこよさがぜんぜん違うように、
自分を彩る、その手段がとても大事なんやなと。

そういうことを感じました。


いや~、Facebookでは長すぎる文章にはコメントつきにくいので、
こんな感じに好きなだけかけるスタイルはとても良いですね!
のびのびできます!

一ヶ月後の後半

2012年01月18日 09:43

mixiの更新率が低すぎる…。
毎日のように更新していたのに、今や月一。
時間は流れているのですね。

さて、だいぶ前になりますが、本を読みました。

『ハーバードビジネススクール 不幸な人間の製造工場』
P.D.ブロートン

ハーバードビジネススクール 不幸な人間の製造工場ハーバードビジネススクール 不幸な人間の製造工場
(2009/05/21)
フィリップ・デルヴス・ブロートン

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後半。
前半はハーバードビジネススクールで学べる内容。
後半も…同じく。
ビジネスの基本的なことの入門書も兼ねたいとのまえがき通り、
わりとそういう要素が強かったです。

ただ、違いは、その個々の内容は面白いのに、
それを統合すると、何か違和感がある、と筆者が思うところ。

結局、そういう違和感のせいで、筆者は就職できません。

その中で、自分は自分の生きてきたようにしか生きられない、
と感じ、結局ジャーナリスト的な人生を歩むようになります。


悪意を持った見方をすると、単に就活に挫折した人の体験談。
でも、自分の状況にも当てはまることのような気がして、
あまり笑えはしませんでした。


先日の大学同級生との飲み。
いろいろ話をしましたが、
私の状況がわりと否定されました。
甘えているのでは、と。

 ①仕事にやりがいを求め、仕事のパフォーマンスがやりがいで左右される
 ②仕事にやりがいを求めず、仕事のパフォーマンスが変わらない
 ③仕事にやりがいを求めるが、仕事のパフォーマンスは変わらない
 ④仕事にやりがいを求めないが、仕事のパフォーマンスがやりがいで左右される

私は④になっているのではないか、ということでした。
結局、②か③しか社会人としてはだめなのでは、と。

まぁそうなのでしょうね。
そういう意味では、この本で出てくる人達は、
仕事そのものよりも、その結果得られるもの(お金→社会的成功感)に対して、
フォーカスしているのだと思います。
ビジネスとして考えると、それは正しいのだと思います。


でも、やはり、何か違和感があるなと。
なんとなく感じてしまうように思います。
単に保守的なだけかもですが。

自分の状況が岐路にあることを考えると、
こういうあたり、クリアにしておかんとあきませんな~。


話がそれましたが、本としては、
勉強になる部分と、考えさせられる部分があり、
なかなかいい経験になりました。

HBS

2011年12月18日 09:40

今日はおそ目出社。
もうそろそろ出ますが。

さて、本を読んでいます。


ハーバードビジネススクール 不幸な人間の製造工場ハーバードビジネススクール 不幸な人間の製造工場
(2009/05/21)
フィリップ・デルヴス・ブロートン

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世界のビジネスエリートを輩出する名門、
ハーバードビジネススクール。
そこで実際に2年間のカリキュラムを体験した筆者のルポ的な内容。

まだ前半を読み終えたところです。
ここまでは、大きな波乱なし。
少し雲行きがあやしくなってきていますが…。


前半は、時系列に沿って、学校の講義内容や雰囲気などをわかりやすく。
ほう~、と思うこともたくさんあります。
本の目的の一つでもある、ビジネスの基本要素(会計とか)の
センスを紹介するという要素もあり、勉強になりました。

あとは、雰囲気、なんとなく似ているところが多いなと。
学生的な大胆さやバカ騒ぎ、自分は勝ち組だという雰囲気、などなど、
なんか大学のときに感じたのとちょっと共通点あります。
私はなじめませんでしたが…。


そういう無邪気な自信がある、というのがポジティブに働き、
ドエリートたちはめっちゃ勉強します。
成績に影響するというので、議論も発言もします。
そのあたりは見習わないといけませんな。

幸運は準備をしたものだけに訪れる、というやつです。
仕事もひと段落している今こそ、準備していきたいですね!


中盤にさしかかり、いわゆるビジネスでの社会的大成功と、ローカルな自己実現とが、
両立できない、というところが問題になりつつあります。

自分の望んでいる以上の労働と、
そこから得られる莫大な報酬が、
数値化できない家族との時間や子供の健全な成長と、
どちらをとるのか?ということを迫られます。

両立できればベストなのですけどね、
なかなか難しいというのが、この本では言われています。


後半、どういう結論に至るのか、
興味を持って進めていこうと思います。


一段落後

2011年12月13日 10:01

ようやく終わりました~。
会社、友人の結婚式、バスケの大会、家事、などなど、
一連のイベントが昨日でひと通り終了。

自分に少し時間の余裕ができると、
「こんな時間が自分にあるはずがない。何かしなくてはまずい。」
というよくわからない強迫観念に苛まされることも、
とりあえずはしばらくなくなります。
開放感ありますな!

優先順位が下がり、できてなかったことをいろいろしていきたいと思います。
(早速ゲームを買ってしまった。)

その一環。


さて、本を読みました。
といっても、1ヶ月近く前。記憶が…。


まともな人 (中公新書)まともな人 (中公新書)
(2003/10)
養老 孟司

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エッセイです。
切り口としては、現代社会で常識とされていることは、
別に常識でもないし、ちょっと距離をおいてみると異常にすら見えると。

だから今の社会は変わるべきだ、みたいな話ではありません。
そういう視点がないと、大事なことを見落としそうな気がするな、
少なくとも自分はそう考えています、ぐらいの感じ。

押し付け感は弱いです。
語弊があるかもしれませんが、老人の愚痴、という感じも。


でも、愚痴とは違い、
その言葉の中に真実があるんやろうなと思うことがしばしば。


例えば、「お金というのは、欲望に対する欲望である」ということ。

欲望は単純。
食欲、睡眠欲、性欲、全て(一時的にせよ)満たされます。

しかし、お金というのは少し違います。
そういう直接的な欲望を叶えるための手段になる、というところが違うわけで。

コレクターで無い限り、貨幣そのものに対する魅力は無いはず。
ということは、お金を持つことで、自分の欲望が将来的に叶うはず、
ということを満たせる可能性への欲望が、金銭欲になるのだと。


やっかいなのは、それはあくまでも可能性への欲望なので、
自分の心の中でいくらでも増幅できるし、際限がないというところ。

そういう際限のなさが、どんどん社会を歪にしていっているのでは…、
という嘆きがあります。
一理あると思います。


あくまでも手段ということを意識し、
その先にある本来の目的の方にもう少し視点をずらせれば、
不必要にお金を追い求めることもないように感じました。

とはいえ、今の世の中、先に対する不安は大きなものです。
不安も恐怖に対する恐怖という、メタ的な感情なのだそうで、
こちらも際限がないと。


そのあたりを一回切り分けて、じっくり自分のことについて考える、
というようなことを、
少し時間ができてきたのでしていきたいところです。

事に当たる

2011年11月13日 20:39

さて、本を読みました。


考えをまとめる・伝える 図解の技術 (日経文庫)考えをまとめる・伝える 図解の技術 (日経文庫)
(2011/06/16)
奥村 隆一

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論理的な文章が自動的に書ける!論理的な文章が自動的に書ける!
(2003/12/18)
倉島 保美

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一気に二冊。

どちらも、図解にしてものを考えるとわかりやすいですよ、とか、
論理的な文章を書くのはセンスではなく技術ですよ、のように、
当たり前といえば当たり前の内容。

論理的な文章…に関しては、一度読んでいる、はずのものです。
前回読んだ時は、全く響いていませんでした。
そらあたりまえやんな、程度にして流し読み。

でも、今回はとてもためになったな~と。
素直にいろいろ実践してみたいなと思えるものでした。


何が違うのか?というところ、
facebookでのコメントで適切な表現が。

それは、「当事者意識」の有無。

その人は教える側として、とても実感されているとのことです。
なるほど、という感じ。


結局、文字通り吸収係数のようなもので、

 (供給される知識・情報)×(吸収係数=当事者意識)

となっているのですな。
なので、勉強しても身につかないこともあるし、
短期間にしてはすごく伸びることもある。

仕事や勉強だけでなく、バスケとかのスポーツでもそう。
どこにでもあることです。
今やらなあかん、となると、わりとできるようになるもの。


なので、自分のパフォーマンスをあげるには、
地道な努力(供給)を上げることと同時に、
当事者意識(吸収係数)を上げる必要があると。

即効性ということだけ考えたら
意識を変えることの方がはやいですからね。


ただ、意識は簡単にかわるときもあれば、
最後まで変わらないこともあるなと。

気持ちの問題ながら、
意識改革をする仕組みみたいなものも
考えていきたいところですな~。

せざるを得ないという状況に
自分を追い込むしかないんですかねー。
がんばらんといけませんな。


…と、相変わらず当事者意識が薄いです。
だめだ!


増すための手段

2011年11月06日 15:00

『科学的方法とは何か』、感想続き。

経済のことも知らなあかんなという気持ちだけは
常にもっているのですが、なかなか機会がなく。

本来は、経営とかマーケティングとか、
いわゆるビジネス関係の本を読むべきなのでしょうが、
興味が湧くのは、どちらかというともう少し原理に近い所、
経済学とかそういう方。

で、最近ちょろっとは読むようになっていたのですが、
この本でも経済学者の話があり、なかなか興味深く読めました。


本の中で、そもそも経済学をすることのメリットは?
という質問がありました。

その問いに対する答えは、
「政策決定時にコンセンサスを得られやすい」でした。
要は、説得力が増す、ということ。


そうなんや、という感じ。

個人的には、経済学にも何か理論があって、
将来を導き出す、ということが最大のメリットなのかと思っていましたが。

実際は、矛盾するはずの理論は共存し、
反証可能、という科学の定義も骨抜きにできてしまうと。
自然科学と比べて、厳密さという点では弱いのだとか。


まぁ考えてみると当たり前ですね。
一意に予想できるのであれば、これだけ混迷はしないでしょうし。

まぁ、それでも、価値があるのでしょう。
ある程度でも予想に定量性を加えられるわけですし。
最近仕事でも、仮に人事的な報告書でも、
数値とかで表現するようよく言われますしねー。


我々として知っておかないといけないのは、
経済学てのはある政策、作戦について、
少し丁寧に考えたものやということを認識するということですな。

なので、与えられた説明は、あくまでも仮説で、
確定的な保証のようなものではないということですな。
それを選ぶには、何かしら決断が必要ということです。


このあたりの話の説明って専門用語が多いですからね。
ニュースとかをもう少しかみくだけるよう、
簡単な専門用語ぐらいは知っていきたいと思います。





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